怪談

【わたし、ヒトが恋しいの】 その3

ヒトの幻覚を見るようになったのは一ヶ月くらい前からかしら?

日記にも詳しい事が書かれてないからよく憶えてないんだけどね。

でも最初に見たときのことははっきりと憶えてるわ。

あれはいつものようにヤシの木陰で昼寝してるときだった。そのとき何かが地面に叩き付けられる衝撃音で目が覚めたの。

わたし、何が落ちてきたのかしらと思って辺りを見渡したわ。

するとどうでしょう。わたしに向かって笑顔を送るオヤジの頭が転がってるじゃない。しかもビーチに逆様に突き刺さってよ。

頭から眉毛の辺りまで地面にめり込んでてね、目は開いて、パクパクと口を開いたり閉じたりしてたのよ。

目は細くて、ほっぺたはふっくらしてて毛むくじゃら。

パクパクさせてる口には、歯が見えてたけど、所々抜けてるの。

皮膚の色は浅黒くて脂性で、なんか匂ってきそうな感じ。

団子鼻の開いた毛穴には黒ゴマみたいにゴミが一杯詰まってて、その点々が浅黒い皮膚の上からでもはっきりと見えてたわ。

わたし、凄い物を見ちゃった割には全然驚きがなかったの。

かなりの重傷ね。

こういう頭だけのヒトには、もう慣れてたからかしら?

その頭はオヤジだったけど、ヒトに会えたことに凄く興奮したわ。嬉しさのあまり、このわたしが涙なんか流しちゃったのよ。

わたし、早速駆け寄って拾い上げて転がしたわ。

頭の毛は薄くてね、柔らかくて細い毛で、額から後頭部にかけてハゲてた。

頭だけのオヤジは多分、日本人だと思う。話し掛けても何にも応えてくれなかったから正確なことはわかんないけど。なんとなくそんな気がしたのよ。

わたしは焼けたビーチの上を無邪気な子供のようにオヤジの頭を転がして駆けたわ。

オヤジの頭はコロコロとよく転がってくれた。

転がってるときも、オヤジは笑顔だったのよ。目は開いたままで、口は相変わらず金魚みたいにパクパクさせてたの。

わたし、なんかだかそのオヤジの笑顔見てたら急に蹴ってみたくなっちゃって、力一杯蹴り込んでやったわ。

オヤジは高く跳ね上がって、頭からビーチに突き刺さったわ。相変わらず口はパクパクさせてね。

わたしは何度も何度も蹴ってやったの。それでもオヤジは口をパクパクさせるだけだったから、なんか頭にきてね、今度は的に見立てて石ころをぶつけて遊んでやることにしたの。

最初のうちは上手く狙いが定まらなくて当たらなかったけど、次第に命中するようになったわ。わたしはピッチャーになったつもりで思いっきり投げた。

わたしの手から放れた石は次第にオヤジの顔を潰しはじめたの。

皮膚を突き破って中にめり込んだのも何個かあった。

疲れてぶつけるのを止める頃には、オヤジの頭はスイカ割り状態になってて、辺りに中身を散りばめてたわ。奇麗とはとてもじゃないけどいえないわね。

超汚かったわよ。

オヤジの頭を粉砕しても、わたし何とも感じなかったなぁ……。

だって石を投げすぎて疲れてたから、早く休みたかったんだもん。それに喉がすごく渇いてたからね、早く水分を補給したかったの。

わたしは潰れたオヤジの頭を海に向かって蹴り飛ばしてやったわ。高く舞い上がったオヤジの頭は、ポチャンって可愛い音を残して海に沈んでいっちゃった。

久々に出逢ったヒトの頭を捨てるのは、なんか勿体無い気もしたけど、汚かったからしょうがないわよ。

オヤジが沈んだのを見届けてから、わたしは泉に駆けて行った。

次の日も地面に何かが激しくぶつかる衝撃音でわたしは目覚めたの。

直感で、あ、オヤジ! と思ったわ。

わたしは寝ぼけた目をパっと開くと近くを探したの。すると前の日と同じ格好でオヤジの頭が地面に逆様で突き刺さってたわ。

わたし、なぜかほっとしたのよね。

早速前の日みたいにオヤジの頭でサッカーしようと思って、起き上がろうとしたの。そのときだったわ。わたし見ちゃったのよね。オヤジの頭が地面に突き刺さる瞬間を。

ドスンッ!

今度もオヤジだった。しかもそっくりな顔してるの。

わたしはどこからこのオヤジの頭が降ってきたのか確かめてやろうと思って、見上げたのよ。するとヤシの木の上の方にね、オヤジの頭が逆様に何個かぶら下がってるのを発見したわ。それでいてわたしに笑顔を向けてるじゃない。

わたし思わず、

「こんにちわー!」

って、笑顔で挨拶しちゃった。

オヤジの頭たちは挨拶を返してこなかったけど、相変わらず笑顔だけは返してくれてたわ。

わたしなんだか興奮しちゃって、石はないかと足元を探したわ。投げるのに丁度いい石が見つかると、ヤシの木にぶら下がってるオヤジの頭たちに目掛けて攻撃仕掛けたの。

無我夢中だった。疲れも喉の渇きも忘れて、面白がって石をぶつけたわ。前日の練習のお陰で、命中率はなかなかのものだったわね。

的になったオヤジの頭たちは一つ落ち、二つ落ちと、全部で四つ地面に頭から突き刺さってくれたのよ。

わたしは合計六個のオヤジの頭を焼けたビーチに横一列に並べてやったの。でもそのままにして何もしなかったのよ。その日はね。

それで、晒し首状態のオヤジを一日中眺めてたわ。

全部同じ顔のオヤジの頭。

笑顔で目を開き、バカみたいに口だけパクパクさせてる光景は、滑稽というよりはかなり不気味だったかもしれないわね。

ビーチに横一列に並べて日光浴させてみても、何にも面白くないのよね。小学生の夏休みの宿題の朝顔の観察じゃないんだから、オヤジを観察したところで、日焼けしていく過程が見られる以外は何も変化なさそうだったわ。

晒し首の観察が飽きたところで、わたし散歩に出かけたの。

ビーチにそって歩いてるとね、波打ち際に魚の死骸が漂ってるのが見えたの。体長一メートルくらいはあったわね。ビーチではよく見かける光景よ。でも、そのとき見た魚はちょっと違ってたのよね。

わたしは不審に思って近寄ってみたの。するとどうでしょう。驚いたことに魚の顔がヒトの顔してるじゃない。しかも男なのよね、これがまた。

年はわたしと同じくらいかしら?どう見ても二十代。

ヤシの木から落ちてきたオヤジに比べ、皮膚の張りが良かったわね。

でも死んじゃってたから血色はなく、色艶は良くなかったのが残念ね。

目鼻立ちがはっきりしてて、ちょっと南方系って感じだった。毛むくじゃらのオヤジに比べれば死んでても十分に許せたわよ。

でね、他にないかと辺りを見渡したの。すると、いたわ。

ビーチにゴロゴロいるじゃない! 顔だけ人間の魚やエビたちが。

わたしは一つ一つを拾って、一個所に集めたの。どれも多分日本人だったと思う。申し分なく顔立ちはモンゴロイドだったから。

わたし、柄にもなく神様に感謝した。

だって、わたしがヒトが恋しい恋しいっていつも思ってたから、顔だけ人間の生き物をプレゼントしてくれたんだと思ったんだもん。

ビーチに沿って歩いてるといつの間にか、飛行機の残骸が打ち上げられてた場所にやってきてたの。そこには飛行機に乗ってたヒトたちの荷物も一杯打ち上げられてたのね。

以前きたときに散乱した荷物を一個所に集めてそのままにしてたんだけど、他人の荷物だからなんか中身を見ることに抵抗があったのよ。だから手付かずのまま放置してたんだよね。

その日は久々にヒトの顔に出逢えたせいか、いつになく興奮してたから、その勢いで荷物の中身を全部引っ繰り返してやろうと思ったの。

一つ一つ荷物の中身をビーチに広げていると写真が結構出てきたわ。

わたし衣類は無視して写真だけを整理したの。この島にきて以来、わたし衣類らしき物は身に着けて生活したことなかったじゃない、だからそんな物には興味なかったのよね。

素っ裸な状態に身体が慣れちゃってたから、なんか服を着ることに違和感を感じちゃうのよね。だからもう衣類関係は用がないわ。

わたしはひたすら写真だけを拾い集めた。

写真といってもヒトが写ってないやつは、紛らわしいからその場に破って捨てたわよ。

わたしが欲しいのはヒトの姿が拝める物だけ。

全部の荷物をチェックするのにどれくらい掛かったかしら? わからないけど、空はとっくに紫色になってた。

わたしは拾い集めた写真をバッグに詰め込んで、寝床に帰ったの。

わたし専用の寝床に着くと、ビーチに横一列に並んだ六個のオヤジの頭が口をパクパクさせながら笑顔で、「おかえり!」って出迎えてくれたのよ。勿論、オヤジの頭が喋るわけないわ。ただそんな感じがしただけよ。

辺りはもうすっかり暗くなってたけど、月明かりでも十分に辺りを見ることができたのよね。

島にきて良かったことの一つに、視力が獣並に発達したってことかしら。

夜の真っ暗闇の中でも、夕方くらいの明るさで見えちゃうのよ。不思議でしょ。

寝床に座り込むと、すぐに収集した写真にじっくり目を通していったわ。お腹も減ってたから、バナナを咥えながらだけどね。

当たり前のことなんだけど、写真にはわたしは全く写ってなかったわ。

写ってたのは皆んな知らないヒトばかり。

でも、わたしはそれでよかったの。知らないヒトを見ていたかったんだもん。

写真を一つ一つ丁寧に見ていきながら思ったわ。どうしてもっと早く荷物の整理しなかったんだろうって。

でも、別に時間に追われてたわけじゃないから、どうでもいいんだけどね。

この写真ってもしかして遺影ってことかしら? なーんて思いながら見ていくとね、なんか写ってるヒトの性格や人生が感じられたのよね。

その日は睡魔が襲ってくるまで、じっくり写真観察を楽しんだわ。

次の日は目覚めるとすぐに写真の整理に取り掛かったの。

わたし、写真を一つ一つ丁寧に寝床を囲むように地面に差し込んでいったのよ。その日から今日まで、わたしは見ず知らずのヒトの遺影に囲まれて眠りに就いてるの。

薄気味悪い話だと思うけど、これが案外なかなか快適で寝つきもいいのよね。昔、中学のとき好きなアイドルのポスターを壁にデカデカと貼ってたけど、あんな感じかな?

日の出とともに目覚めると、わたしは遺影の一人一人に、「おはよう!」って声をかけてあげるの。皆んな無口だけど、それでいいのよ。変に会話が通じちゃったりすると怪談話になっちゃうじゃない。

わたし昔から怪談ってダメなのよね。恐い話なんか聞いちゃったりすると、夜一人でトイレ行けなくなっちゃうんだもん。

成人した今でも全然ダメ。

最近は島民たちは皆んな日本人の顔で、わたしを退屈させないから嬉しいわ。遺影の写真の中にも日本人はいるんだけど、どちらかというと白人の方が多いかしら。

そういえば飛行機の墜落寸前に隣りの席で叫んでた白人のオヤジの写真も見つけたのよ。

名前はわからないから適当にロドリゲスって呼んでやることにしたの。なんとなく彼の写真を眺めてると、その名前が浮かんできたのよね。

島の至る所で見かける日本人たち。

不思議なくらい皆んな笑顔なのよね。

日本にいた頃、会社勤めしてた頃はあんまり笑顔を見なかったような気がするんだけど、それってただの気のせいかしら?

なんかわたしも笑顔じゃなかったような気がするし。

この島ではいつも笑顔のわたし。

誰もいないから多分笑顔でいられるんだろうな。

島民が日本人に見えちゃうのって、わたしの頭がかなりおかしくなったってことでしょ。でもいいのよ、これで。

ヒトがいない無人島で一生過ごさなきゃなんないんだもん、多少頭がおかしくないと死ぬまで生きていけそうにないじゃない。

でも我ながら凄いっていつも思うのよね。

ヒトが恋しい恋しいっていつも念じてたら、或る日突然何でもヒトの顔に見えてきちゃったんだもんね。

これって一種の才能かしら?

 

この島はわたしにとって天国よ。

でもそれは現実を相手にしてやらないわたしの都合のいい解釈でしかないんだけどね。

現実にはわたし、無人島に閉じ込められてるだけなんだよね。

誰もわたしがこの島で生きてるなんて気づいてないんだもん。

日本にいる家族も多分わたしのお葬式をすませて、今頃は仏壇に向かって何か語り掛けてるかもしれないわね。

多分、わたしが生きてるときに、もっと話しときゃ良かった! なんて悔やんでるかもしれないわ。

それはわたしも同じなの。今こうしてヒトの幻ばかり見てるわたしにも後悔することがあるの。

もっとヒトと話しておけばよかったわ。会社のヒトもそうだし、家族も、そしてそれ以外の大勢のヒトたちとも。ここが無人島でわたし一人しかいないから、余計にそう思っちゃうんだけどね。

仏壇に飾られてるわたしの遺影はどの写真を使ったのかしら?

確認できないだけに気になってしょうがないのよね。

どうせわたしのお気に入りの写真じゃないんだろうなぁ……。

それくらいは想像できるわ。

多分、お母さんが写真選んでると思うんだけど、昔からうちのお母さんってセンス悪いのよね。なんか一生そのセンスの悪い写真が仏壇に飾られてるのかと思うと、遣る瀬ないわ……。

帰りの飛行機が墜落することが前もってわかってたら、ちゃんとお気に入りの写真はこれだからねっていえてたのにね。それが残念、悔いが残るわ。

あーあ、両親は死ぬまで、死んだものだと思い込んだわたしに、仏壇の前で語り掛けてくるんだろうね……。

ときには神頼み感覚で願い事なんかしちゃったりして。

なんか絶対にしそうなのよね。

でもね、お父さん。お母さん。

いくら仏壇の前で正座して涙流しながら、わたしに話し掛けてきても無駄よ。それ。

だって、そんなとこで話し掛けられても、太平洋のど真ん中の無人島にいるわたしには全然聞こえないんだもん!

何かいいたいことがあるなら、いつでもいいからここにきてからいってね。

わたし、生きてる限り、一生ここで待ってるから。

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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