こんな時代だから俺はこんなところにいるのか?
多分、そうだ。
こんな時代だからしかたないよ。
と、まあこんな風に自分に言い聞かせる。俺は坂本康夫、33歳の独身男。
5年前に無理して都内にマンションを買った。もちろん35年ローンだ。買ったときは上手くいけば20年で返済できると高を括っていた。でも、今こうしてこんなところにいるかぎり、100年先も返せる見込みはないな。
俺は今、都心からかなり離れた田舎の大きなリサイクルショップにいる。一応勤めてるつもりだ。けど、仕事してる実感はこれっぽっちもない。
この店にくる前は、大手の旅行会社に勤めていた。でも不景気の煽りをまともに食らい、会社は跡形もなく消え、俺は突然職を失う破目になった。
それ以来、会社の人間とは全く連絡を取り合っていない。皆んな元気にしてるかなぁ…。こんな風に自分はさておき、他人の身が気になる俺は、まだ現実を受け止めていないってことなのかも?
店内でただボーッとしながら、お客様を待つだけってのは退屈でしょうがない。前の会社では忙しすぎて、暇が欲しいとよく神頼みしたものだ。会社が倒産したことで願いは叶えられたけど、欲しかったのはこんなに退屈で、絶望的な時間じゃなかった。
俺は暇な店内を見渡しながら、毎日或ることを思う。これも今となっては一応良き思い出なのかもしれない。会社が倒産した頃、同僚の浜田直樹と語ったあのときの光景だ。浜田も俺と同じ33歳。今は何処で何しているのやら? でも、このリサイクルショップで、浜田との懐かしい日々をなぞって暇を紛らわすのにもいい加減飽きたなぁ。
しかし、今日も店は暇だ。
以前勤めていた会社が倒産する2、3日前のこと。俺は奇妙な夢を見た。俺はそれを浜田に話した。
夢に出てきた場面は昼間の動物園だった。
見物客が一人もなく、飼育係の姿も見えない。動物の奇声すらも聞こえず、とても静かだった。
俺は不安にかられながら一人で園内を歩いているうちに、奇妙な檻の前で足を止めた。俺は不自然な檻の中を不思議に思い覗き込んだ。
その檻には動物ではなく、数人の人間が入っていた。
何だ、これ?
奇妙なことに全員スーツ姿だ。
皆んな地面に座り込んで、俯いたまま顔を上げようとしない。見られるのを好ましく思っていないようだ。
よく見ると知った顔がいた。俺は驚いて声をかけた。それは上司の松村敏夫さん49歳だった。
「松村さん! 何してんですか、そんな所で」
松村はばつが悪そうに、顔をそっぽに向けて隠れてた。俺は無視する松村に尚も声をかけた。
「松村さん! 俺ですよ、坂本です。檻の中で何してんです? しかもそんな恰好で」
松村は顔を両手で隠し、立ち上がって檻の奥の方に逃げるように、スーツ姿の人々を押しのけて引っ込んでしまった。
「松村さん! あなた、松村さんでしょ? どうしたんです! なんで隠れるんです? 俺ですよ。坂本でーす! 松村さん! 松村課長!」
俺は檻に顔を押しつけて、人込みに隠れて顔を絶対に見せようとしない松村に大声で呼びかけた。
「課長! いい加減、隠れていないで出てきてちゃんと説明して下さいよ! 松村さん! おーい、松村ぁ!」
「うるさいっ! そんなに大声出さなくてもちゃんと聞こえてる!」
俺は怒鳴り返してきた松村に驚いて、檻から飛びのいた。
「どうして隠れたりしたんです?」
「うるさいっ! おまえに私の気持がわかるか!」
俺と松村のやり取りを驚きもせず虚ろな目で見つめる人々は、去勢したペットのようにおとなしい。俺は松村の言ってる意味がわからず、首を傾げて訊き返した。
「松村さんの気持ちって、それどう言うことです? 昨日までは別に変わりなかったですよね。家で何かあったんすか?」
「そこに書いてあるだろ!」
そこに?
俺は松村の指示に従って、辺りを見渡した。すると檻の傍に看板のような物があるのを発見した。
「松村さん、こいつのことですか?」
「ああそうだ。読んでみろ!」
松村は顔を隠して乱暴な口調で返してきた。
俺は看板を覗き込んだ。えーと、何々。
それにはこの檻の中の動物の名前や性質が書かれていた。
【名前】リストラ
【性質】普段はおとなしいが、突如として世の中に敵意を向け、虎のように凶暴になることがある。かつては家庭内において虎のような威厳を放ち、我が侭放題に威張っていたが、現在は職を失いリスのように小さくなって生息している。
【出身】企業。不況時に多発。特に地域の限定はないが、都市部で多く目撃される。
俺は一通り読み、松村の言葉の意味を理解した上で訊ねた。
「いつです? いつ、首になったんです? 昨日はそんな話なかったじゃありませんか?」
「知るかっ! 今朝いつも通り出勤したら席がなかったんだよ」
今朝って?
俺は松村の言葉で自分が何故動物にいるのかと再び疑問に思い、そして呟いた。
「あ、俺、今日、まだ会社行ってないじゃないか! ヤバイ! 遅刻だ! でも、どうしてこんな所にいたんだろう? どうして?」
そのとき目が覚めた。耳元で目覚し時計がやかましく鳴り響いていた。俺は寝ぼけた目で、ボーッと部屋の中を見渡した。
一人暮らしの男の部屋だけあって、部屋の中はかなり散らかっている。ゴミとそうでない物の区別がつかない。朝日は眩しく東の窓から射し込んでいる。外は晴れ。時刻は午前7時15分。
ふう、夢か…。それにしてもおかしな夢だったよなぁ。
俺はまどろみの中、消えかかる夢の記憶を辿って呟いた。
リストラか…。でも、うちの会社はリストラはしないはずだよな。それをしない代わりに、新入社員をここ数年入れてないんじゃなかったっけ?
新入社員か…。あーあ、若い女性社員、そろそろ入れてくんないかなぁ。会社は皆んなおばさんばっかで、仕事する気が全く起こらないんだよな。張り合いゼロだ。いい加減に新人採用してもらいたいもんだ!
愚痴を零しながら時計に目をやると出勤時刻が迫っていた。俺は慌てて身支度に取りかかった。
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