「今の俺は課長のような生き方は勘弁願いたいよ。でも、時が経つに連れて、気持ちも変わっていくんじゃないかなぁ…」
「課長も結婚した当初は浜やんのようだったんだよ。その頃わかってたと思うか? 将来別居して挙げ句の果てに離婚するなんて」
「多分わからなかっただろうな。結婚当初は仕事よりも家庭に重点を置こうとしたと思う」
「結婚して良かったと思う?」
「そうだなあ。良かったんじゃないか」
「多分、最初は皆んなそんなこと言うんだろうな」
「やっさん、結婚したいんだろ。何かその言い方変じゃない?」
「変? まあ、そうね」
「何かやっさんの話聞いてると、あんまり結婚ってものに喜びを期待してるようには思えんのだが」
「そうかなあ?」
「ああ。何かそう聞こえるよ」
俺は不自然に笑顔を作ってみせた。
「俺は仕事も大事だけど、やっぱり家庭を崩したくないと思ってるからね。課長は家よりも外で虎になりすぎたんだよ」
「仕事の虎か。ところでやっさんの夢なんだけど、課長は虎になって檻に入ってたんだろ。本当に虎に変身してたのか?」
「ああ」
「虎のくせに、しかしどうしてスーツなんか着てたんだ? いまいちイメージが」
「確かに、イメージしにくいだろうな。最近見つかった新種の虎だから」
「てことは俺が知ってるあの黄色と黒の縞模様じゃないってこと?」
「まあな」
「じゃあ、俺にはわからないよ」
「浜やんも知ってる虎だよ。だって松村さん、リストラだったんだもん」
答えを言った途端、浜田が突然真面目で厳しい表情に変った。
「リストラって、おまえ。それ洒落にならんぞ!」
俺はタバコを咥え、背もたれに凭れて伸びをした。
「別にこの会社はないからいいじゃないか。ただの夢だよ」
そんな俺に反して浜田はまだ恐い顔でいた。
「いや、会社の方針なんて何時変更になるかわからないだろ。もし正夢にでもなったらえらいことだ!」
「リストラか……。俺としてはオヤジ連中をリストラして、代わりに若くて美人の女性社員を大量に入れてもらえるといいんだけどね」
浜田は俺の不謹慎な言動に嫌悪感を抱いたようだった。急に俺を睨み付けて説教染みたことを言いはじめた。
「やっさん! 馬鹿なことは言うな! 以前よりもかなり給料減って、ただでさえ皆んな神経ピリピリきてんだからな。誰かに聞かれたらマジで洒落にならんぞ!」
「給料、ほんと減ったよなあ」
俺はタバコを咥えて天井を見つめていた。
「おまえはまだ独身だからいいけど。俺には家族を養っていかなきゃならない義務があるんだ。それに最近ローン組んで家を買ったばっかりだから懐はかなり寒い。あまりにも寒すぎて凍死するんじゃないかと本気で思うこともある」
俺は天井を見つめたまま浜田の話も聞かないで、今朝見た夢を思い出していた。
「俺らなんかよりもずっと稼いでいる娘もいるんだろうなぁ…」
夢で見た女子高生たちを思い浮かべたら、自然にそんなことを口ずさんでいた。
「まあな、こんな不況の中でも儲けてる会社はいる」
浜田は俺に釣られてそんなことを言ったけど、多分俺とは全然違うことを考えていたはずだ。浜田の懐具合と、夢に現れた女子校生たちの金の遣い具合を想像すると、なんか浜田が可哀相に思えてきた。
「今日見た夢に出てきた娘たち。あの娘たちは俺よりも稼いでんじゃないかな。多分、浜やんの小遣いよりも金遣ってんだろうな」
俺の言っている意味が理解できない浜田は怪訝な表情だ。
「やっさん、さっきから何言ってるんだ?」
「今朝、サイ人間の夢を見たもんでね」
「サイ? サイってあのカバに角が生えた、あのサイのことか?」
「カバって、まあそうだな、そのサイでいいのかな」
浜田が言わんとするサイと、俺が見た夢のサイは著しく形が類似するものではなかった。でも、とりあえず浜田に納得してもらうために頷いてやった。
「でもさっきの松村さんのリストラのように形は動物じゃないんだよな」
「まあね。女子校生だったからね。おまえにセーラー服姿のサイを見たなんて言っても、どうせ動物のサイがセーラー服着てる姿を想像するのに決まってるからな」
浜田は俺の説明を聞いて怪訝な表情を露骨に返してきた。そして驚きと呆れが入り交じった様子で訊ねてきた。
「女子校生に、セーラー服着たサイ? 何だそれ? やっさん、おまえ毎日どんな夢みてんだ」
「普段は至ってノーマルな夢だ。でも、この2日くらいは変なの見てるよ。浜やんに言われなくても俺もそう思う」
まるで他人事の俺に、浜田は相変わらず呆れた視線を送っていた。
「で、今朝見たサイは何だったんだ?」
「説明によるとな。性質として金をくれる男を好み、金をやると危険なプレイ以外ならとりあえずどんなことでもしてくれるそうだ」
透かさず浜田が俺の説明に首を傾げて訊き返してきた。
「やっさん! 一寸話の腰を折るようで悪いが。意味のわからん単語が俺の鼓膜を震わせたから訊くけど。危険なプレイって、何だそれ?」
「プレイは……。ご想像にお任せしよう」
「はあっ! 何それ! 説明になってないぞ!」
「わかってるくせに」
俺は意味ありげに笑みを浮かべて、横目で困惑する浜田に言った。
「やっさん、おまえ何が言いたいんだ!」
「まあ、話は最後まで聞きなさい! そのセーラー服のよく似合うサイはな、生息地はとりあえず日本各地だそうだ。あ、ちなみに基本的にメスが多く確認されてるらしい。注意書きがあって、クセになるからお客さんは注意してねと書いてあった」
浜田は俺の説明に益々困惑の表情を濃くしていった。
「わからん! ヒントくれ」
「おいおい、いつからクイズになったんだ?」
「さあ? まあ、そんなことはどうでもいい。で、そのサイは何だったんだ」
「簡単じゃないか。エンジョコウサイだよ」
目が点になる浜田。そして突然、声を荒げて怒鳴りつけてきた。
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