怪談

【あんなぁ、ママ、今日なぁ】 その6   八木商店著

自転車を降りて、押して行く。二人の全貌がはっきり見えたとき、思わず絶句と共に膝が震えた。愛が話してくれたこと。あれって本当に本当だったんだわ。家の前で待っていたのは、肌の色がうんこ色の老婆と、その老婆と瓜二つの女の子だった。老婆の肌の色には瞬時におぞましいものを感じたが、ピンクのカーデガンに灰色の綿パンを穿き、病院のトイレにあるような緑のゴムサンダルにだらしなく足を突っ込んだ姿には思わず吹き出しそうになった。

一方、マコちゃんは左胸に花枠のピンクの名札を付けた白のブラウスに、黒のスカートといった制服姿だった。肘から袖口にかけて茶色の染みが見える。一目でそれが戻した物の痕だとわかった。二人とも目をギョロギョロさせて、まるで飢えた獣が今にも餌に喰らいつこうとするときのようで不気味だ。近寄りがたいというより、本能的に身の危険を感じる気持ちの悪い人たちだった。私は変に思われない程度に距離をおいて自転車を停めた。すると愛は自転車から飛び降りるや否や、マコちゃんに向かって駆け出してしまった。咄嗟に声が飛んだ。

 

「愛ちゃん! そっち行っちゃ、ダ……」

 

不気味な二人の傍にやりたくない気持ちが、そのまま愛を引き止める言葉で出ようとしたが、最後まで言わないまま消えた。流石に初対面の人の前では使ってはいけない言葉だと思い、理性が本能を抑えた。愛の左耳をマコちゃんの両手が包み、そっと口を近づけて何やらヒソヒソ話している。うんうんと仕切りに頷く愛は何を見ているのか、両目の瞳は左一杯に寄り、宙の一点を見詰めて動かない。私は自転車を停めた場所から一歩も動かず二人を見ていた。それにしても一体何の用だろう? 何か預かって届けてくれたのだろうか? 兎に角訊いてみよう。私はそつなく笑顔を作った。

 

「どうされました?」

「へへへ、あんな、うぢのまごがなぁ、へへへ。どうじでも愛ぢゃんにゆうどがないがんごどがあるんじゃど。ほれで、あんだらが帰っでぐるん待ぢよっだんやがな。へへへ」

 

思わず目を背けてしまった。街灯の明かりははっきりと、前歯のない開いた口の中で動くうんこ色したベロを映し出していた。うえぇ、気持ち悪い! 入れ歯でベロを隠せばいいのに、誰からも注意されないのかしら。お年を召しているとは言え、もうちょっと身なりを気にしてもいいのに。寒気を覚えながらも、好奇心が私を駆り立てていた。

私は観察するようにマコちゃんのおばあちゃんを観た。ニタニタ意味もなく笑う顔は、今まで一度も悩んだことがなさそうに見えた。それくらい教養のない顔だった。話し方からも、この老婆がどんな人生を歩んできたのか容易推し量ることができた。私とは住む世界が違う人であるのは明らかだった。自ずとマコちゃんの程度も知れた。

 

「わざわざ今日でなくても明日もまた学校で会えるのにねぇ」

「ほうじゃろ。うぢもそうゆうだんじゃげどな。今日ゆうどがないがんごどがあるんじゃど。へへへ。愛ぢゃんも、まごにわがらんごど何でも教えでもろだらええわい。ごのごも父ぢゃんどおんなじAB型じゃげんな、頭ええんでぇ。お祖父さんもAB型じゃっだわい。うぢと母ぢゃんはB型やっだげん、勉強は嫌いじゃっだ。へへへ」

お父さん? あ、このおばあちゃんの息子さんか。確か一緒には住んでないんだよね。AB型の人が頭が良いというのは初めて聞いた。O型の私はどうなのだろう?

「あんだ、ユミぢゃんじゃないんげ?」

「えっ」

思わず驚きが声に出た。

「ええ? ユミぢゃんやろげ?」

 

なぜ私の名前を?

この町で私を知る人がいないとは言わない。でもマコちゃんのおばあちゃんがなぜ知っているのだろう? 会うのは今日が初めてなのに。昔この町にいた頃にもこの老婆を見た記憶はない。もし見ていたらこれだけ奇怪な容姿だから、幼心に強烈な印象で残ったはずだ。恐らく、それは恐怖心を伴う嫌の記憶で残ったと思う。

 

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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