怪談

【魔除けしたのに】 その④ 八木商店著

由美子が真理から仕事が終わった連絡をもらったのは、午後8時を少し過ぎた頃だった。11月のその時間、外はもうすっかり夜の闇が覆っていた。由美子はゆうの世話を両親に任せると、なるべく早く帰ると告げて父親の車を出した。

由美子は真理を拾うと、真理の先導で或るホテルに向かった。そのホテルは明後日の日曜日、真理が結婚式を行うホテルだった。二人は車をホテル地下の駐車場に停めるとロビーへと向かった。ロビーに上がるなり、あそこでお茶しよかと言って真理はティーラウンジを指さした。席に就き、互いに注文をすますと、ようやく真理がくつろいだ顔になった。

「ところで旦那さん、大丈夫やった?」

旦那? 大丈夫?って、どういうことだろう。

「うちの旦那が何?」

「夏頃やったっけ? 最近結婚式に呼ばれて貯金が減っていくって旦那がぼやいとるとかなんとか」

ああ、そうだった。6月は異常だったんだ。

「そうなんよ。6月は週末毎にどうでもええ人の結婚式があってね。それなりに包んだりして経済的に結構大変やったんよ」

「結婚式って呼ばれた側もお金かかるもんね。なんか迷惑やったんじゃない? 旦那さん、ほんとに許してくれたん?」

「うん。それが全然大丈夫やったんよ。わたしも真理から案内状もらったときは、急やったやん、主人に言うたらきっとダメって言われると思ったんやけどね。お払いに一緒に行ってくれたらええよって」

「そうなんや。いやね、なんかわたしの結婚式に出る出ないで夫婦喧嘩になってないやろかって、ずっと気になっとったんよ」

「あ、それは全然。夫婦喧嘩とかそんなんなかったから大丈夫よ」

そういう由美子を真理はホッとした顔で見ていた。丁度そのときウエイトレスが二人の注文の品をテーブルに運んできた。由美子も真理もウエイトレスが現れたとたんに慌てて姿勢正しく座り直した。笑顔一つ見せないウエイトレスだったが、てきぱきと品を二人の前に置き、さっさと立ち去ってくれたことに不快感は抱かなかった。ウエイトレスが去ったところで、真理が再びくつろいだ姿勢で話しはじめた。

「ほんと由美子には感謝しとるんよ」

え?

由美子はこれといって真理に感謝されるようなことをした覚えはなかった。

「いろいろアドバイスしてくれたやん。由美子のアドバイスはすごく参考になったんよね」

由美子が真理にアドバイスしたことは確かにある。しかし、それは感謝されるような内容ではなかった。

「アドバイスったって、別に感謝されるようなもんやないやん」

「あんたはそう思うかもしれんけど、わたしはすごく参考になったんよ」

由美子はよく理解できないままにホットコーヒーに口をつけた。

「高校卒業して由美子は東京行ってわたしはこっちやったやん。東京行った由美子から聞く話はすごくタメになったもん」

「そう」

真理には世間話程度の話しかしなかったと思うけど。由美子は思い出を辿りながら嬉しそうに話す真理を見つめたまま、彼女もまた真理が手繰り寄せている思い出を想像していた。

「うん。恋愛成就の話は相当参考になったけどなぁ」

恋愛成就の話って何?

由美子は完全にそんな話をしたことを忘れていた。それ以前に恋愛成就の話自体も完全に記憶から消滅させてしまっていた。真理はにこやかに話していたが、由美子は本当に思い出せなかった。

「恋愛成就ってどんなんやったっけ?」

由美子がそう訊き返した途端、真理が訝しげに見つめ返してきた。

「えー、もしかして忘れたん?」

「いや、いろいろあったから真理が一番参考にしたのはどのバージョンなんかなぁと思って」

由美子は思いつくままに、でまかしでその場を誤魔化した。

「いろいろって、わたしが聞いたんは一つだけやったけどなぁ」

「そうやったっけ?」

由美子はそのときもとぼけて素知らぬふりで誤魔化した。

「幸せな恋愛を成就させたいなら、恋愛結婚して幸せな家庭を築いとる人から何か貰って、いつも肌身放さず持っとったらええって。あの話、もう忘れたん?」

「そうやったねえ」

そうだったかしら?なんとなくだけど話したような気がなくもない。

「うん。それでね、わたしは素直に実行したんよ。お陰でわたしは理想の彼に出逢うことができました。失恋のショックから立ち直れんとき、兎に角こんな惨めな状態から一日も早く脱したい思い一心で、騙されたつもりで会社の人に、何かちょうだいって半ば強引に貰ったんよね。勿論その人はすごくいい人で、奥さんも奇麗ですごく優しくていい人やった。わたしな、結婚したらこんな家庭にしたいなあって、いっつもその人から家の話聞く度に思とったんよね」

由美子は真理の話に耳を傾けながら、一人コーヒーを啜っていた。

「実はなぁ、わたしが結婚する相手の人って、今話した会社の人なんよ」

その途端思わず含んだコーヒーが口から噴出しそうになり、慌てて由美子は口元をオシボリで塞いだ。

えっ! どう言うこと!

だって真理が話してくれた人って、奥さんいるんじゃないの! 別れたってことかしら? まさか、まさかとは思うけど会社の人から貰った物って、それって物ではなくその人、本人。者だったなんて馬鹿な話じゃないでしょうね!

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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