砂浜と言える場所は200メートル程の小さなものだった。この砂浜の両サイドは村の南側と北側にそびえる山から連なる切り立った崖で遮られていた。海岸と言える場所は本当に僅かだった。
この小さな砂浜のどこでその不思議な石を拾ったんだろう?
「あ、ここにもあるぞ!」
「スゲーッ! これって宝石だよなぁ?」
「誰か宝石に詳しいヤツいる?」
「女子なら知ってるだろ!」
「ちょっとそこの女子! この石、何だかわかる?」
二年の男子が女子部員を手招きして呼び寄せていた。その声に水野が肉食動物が獲物を見つけたときのように反応した。
「おーい! 何があったんだあ!」
叫びながら水野が駆け出していった。
井上には彼らが見つけた物の察しがついていた。加藤の友達が見つけたピンクの石だ。しかし、それが本当に危険を孕んでいる物なのかどうか、はっきりした答えがわからない以上、井上は加藤から聞いた話を部員たちに告げようとは思わなかった。井上自身、その不思議な石を見てみたいと思っていた。だからこの好奇心を加藤の話で打ち消してしまうのが勿体ないように思えた。井上は加藤の様子を見た。恐らく友達のことを思い出しているにちがいない。加藤は亡くなった友達の亡霊が、ここにきているのではないかと思っている。友達が亡くなったすべての原因をこの砂浜で見つけた石のせいだと思い込んでいる加藤は、たとえ他の連中がその石を山のように拾い集めたところでそれらを決して見ようとはしないだろう。
「なあ、井上」
佐々木がはしゃいでいる下級生たちを余所に声を掛けた。
「んん?」
「民宿のおばさんがいったこと。あれってこの前加藤がいったことだよなぁ?」
「そうだよ」
「ここにあるもんは、なんもうつさんといてくださいねって、どういう意味なんだろうな?」
「おまえはどう思う?」
「やっぱ、自然のままそっとしておいてくれってことなのかなぁ? どう思う?」
「さっきの御札の一件もそうだったけど、ここは古くからの色々な習わしが現代も根強く生きてるんだよ。昔の人は火や水に精霊が宿ってると真剣に考えてただろ。多分、自然の物すべてに精霊が宿っていると考えてたから、自然にあるものを無闇に移動させちゃいけないっていったんじゃないか? 例えば、石コロ一つが道端に転がっていたとしても、その石コロにとってはそこが一番いい場所だから人の手で勝手に移動させてその石の機嫌を損ねるなって」
「なんかおまえの話を聞いてると、こんな石ころにも意志が通っているように思えてきたよ。不気味だよな」
そう言って佐々木は砂浜に載った子指の先ほどの丸い小石を指で弾いた。
波の打ち寄せる音がそこが海だと井上に教えていたが、井上はその海を楽しむことはできなかった。祓橋の傍で聞いた加藤の話が海に入りたいという欲求を浄化させてしまったのかどうかわからないが、海には絶対に近づいてはいけないように思えた。足首まで海に浸す加藤の姿を見ると、心に寂しい物が吹き込んできたように感じられてならなかった。
「おまえら、いつまで遊んでんだ!」
副主将の西村が稽古のはじまりを知らせた。それは同時に合宿にきていることを部員たちに思い出させた。海で遊んでいた者の中には胴着を海水で濡らした者もいる。水分を含んだ胴着を纏ってのミット打ちは、体力の消耗を相当奪われるハードなものだろう。恐らく稽古が残っていたことを忘れていたのだろう。そんな連中を見て井上は思った。
胴着を濡らさなくて良かった。良かった。さぁ、ミット、ミット!
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