「いや、この村は昔からの習わしを守ってるって民宿のおばさんがいってただろ。子供たちは夕日が現れる頃は表に出ちゃいけないって親からいわれてんじゃないかと思ってな。あの空、見てみろよ。どう考えたって普通じゃないぞ。案外、あの空に攫われるなんて言い伝えがあるのかも。おまえの友達もこの村で変な写真を撮ったっていってただろ。やっぱここには幽霊がうようよしてんじゃあ? 夕暮れ時に出るんだよ、だから子供たちは逸早く先に帰ったんだ」
砂浜に残った誰もが二人の会話に耳を傾けていた。
「冗談抜きで本当にここで写真撮ったら心霊写真が撮れそう」
向井由香が部員たちに言った。オカルト話が好きで不気味だという点も、井上が由香を嫌いな理由の一つだった。由香の発言に誰もが口を閉ざしてしまった。すると再び部員たち一人一人の顔を一巡して由香が言った。
「ねえねえ、本当に心霊写真が撮れるかどうか試してみない!」
誰もが聞こえない振りをして余所見をした。しかし由香の好奇心は部員たちの無視で屈したりはしなかった。彼女は執拗に写真を撮ろうとせがんだ。
「あんたたち、怖いの?」
誰にも相手にされず一人ぽつんとその場に取り残された由香が、男子に向かって罵声を浴びせ掛けた。この挑発とも思える由香の態度に、年甲斐もなく三年の横山が切れた。
「幽霊なんて怖かねえよ! 写真の一枚や二枚、なんてことねえ! 上等じゃねえか。撮ってやるよ! な、皆んな撮ろうぜ!」
横山は卑怯にも上級生に反論できない不自由な立場の下級生に賛同を求めた。下級生たちの一人一人の顔に冗談じゃねえぞ! って書いてあった。先輩の言うことにはどんなことでも素直に服従するのが暗黙のルールなのだ。
「よぉ! おまえら何そんなところにつっ立ってんだ。こっちきて一緒に撮ろうぜ!」
横山は三年生にも声を掛けた。井上ははっきりと態度でノー! と返したが、他の三人は躊躇いの表情を見せるだけで、はっきりとした意思表示は示さなかった。そんな三人の中の一人、水野が不安な顔で加藤に訊ねた。
「なぁ、加藤。おまえの友達が見せてくれた写真は心霊写真だったの? その友達はちゃんと写ってたんだね?」
「押忍! 心霊写真じゃありませんし、彼もちゃんと写ってました」
「じゃあ、写真に写ってなかったのは、全部この村の人たちだけってこと?」
「押忍! そうみたいですねぇ?」
加藤は首を傾げて断言はしなかった。
「じゃあ俺たちはこの村の人間じゃないから、写真に写らないってことはないよな?」
水野は写真に姿が写つらないということが相当気になっているようだった。異常なくらい慎重に訊ねていた。
「押忍」
加藤も半ば呆れ顔で返事した。
「心配ないよ」
水野は他の三年生に向かって言った。この水野の態度はまるでおまえらのために、俺が代わりに加藤に訊いてやったんだぞと言っているような感じに見えなくもなかった。
水野は井上にも声を掛けたが断固として井上は拒否した。井上を除いた佐々木ともう一人の女子部員である小山恵子は、不安な気持ちが十分に解消されないままに写真を撮る一団の許に歩み寄って行った。井上はその様子を見ながら思った。
加藤の話を最後まで聞いたのって俺だけだよなぁ? 皆んな写真の部分までしか知らないんだ。加藤の話で怖いのは水野が心配してる写真なんかじゃないのに。本当はピンク色の石なんだよ。さっき二年の連中が海の中で見つけたようだけど、土産にすればいいさ。石とおしゃべりできるようになるから。そして終にはあの世逝きだ。俺はそんな終わり方はお断りだぜ。部屋の中に閉じこもって外に出ない生活なんて、そんなの絶対にお断りだ。
「おーい、井上! シャッター押してくれぇ!」
写真撮影の一団から離れていた井上に横山の呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、いいよ!」
井上は一団のほうに駆けて行った。井上は由香からデジカメを受け取ると、海と不気味な夕日をバックに部員たちを撮りはじめた。
カシャッ! カシャッ!
シヤッター音が響き、フラッシュの閃光が部員たちを一瞬包む。
カシャッ! カシャッ!
今度は波を弾いている南の岩場をバックに。
カシャッ! カシャッ!
南の岩場にフラッシュの青白い閃光が走ったときだった。あれ? ファインダーを覗く井上の目に人影がのようなものが一瞬見えた。
「おい! 後ろのあの岩場に誰か立ってない?」
奇妙に思った井上は部員たちに訊ねた。一同は一斉に南の岩場を振り返った。
「どこだ?」
「暗くてよく見えんぞ」
「ほんとにいたのか?」
井上の言葉を疑う声が波の音に紛れて交差している。
奇怪しいなぁ?
井上は首を傾げた。
確かにシャッターを押した瞬間に見えたと思ったんだけどなぁ?
「その人影って、どんな感じだった?」
水野が訊ねた。
どうだったかなぁ?
井上はつい今しがた脳裏に焼き付けた人影がはっきりとは思い出せないでいた。
「一瞬のことだったんでわからん。でも確かに誰かいたような気がしたんだ」
井上も暮れゆく岩場に目を凝らしたが、薄暗い中には人影は見えなかった。
「先輩、そろそろ帰らないと四年の先輩方うるさいんじゃないですか?」
不安気な顔の加藤が横山に言った。
「そうだ、先輩たちのことを忘れてた。ヤバイぞ! 皆急げ!」
横山が叫んだ瞬間には、部員たちはもう我先にと宿に向かって走っていた。そして浜辺には井上と佐々木の二人だけが残された。
「なあ、消えた子供たちのことなんだけどな」
佐々木が言った。井上は背後に波の打ち寄せる音を感じながら耳を澄ませた。
コメント