「ええ、元々この観音さんは50年に一度人の前に姿を見せるらしいんで、私自身もまだ一度も見たことがないんです。最近やったら私が生まれる何年か前やったそうです。ほじゃけん、もうそろそろお開きする時期じゃなかろかと思うんですが、何時お開きしたらええんか年寄りもよう憶えとらんそうでして。ちょっと困っとんです。はい」
男は言った。
「そうなんですか。ところでこの建物は土砂に流されなかったそうですけど、建てられてどのくらいになるんですか?」
井上が訊ねた。
「ようは知りませんが、江戸時代の中頃と聞いとります。観音さんがこの家にきたんが江戸の終わりの頃やというとりました」
「じゃあ、ここで観音さんが皆んなの前に姿を現したのも数えるほどなんだ」
横山が言った。
「ええ」
「ところでさっき行ってきた温泉ですけど、あの名前もその観音様に因んでなんですか?」
佐々木が訊ねた。
「そうやと思います。あの温泉も古いらしいですからねぇ」
「あそこって無人なんですね。店番してる人がいなかった」
「ええ。大体村の者しか使いませんから。ようは知りませんが、多分ここらの家には風呂はないと思いますよ。たまにしか戻ってこん家にわざわざ風呂を拵えんかっても、温泉がすぐそこにありますからねぇ」
「でも無料じゃないんでしょ?」
「風呂代が町内会費の役割をしとんですよ。値段は一回が10円じゃけん、温泉好きの者は一日になんぼでも入っとります」
「たったの10円! 安いなぁ」
横山が驚嘆の声を上げた。
「まあ、シーズンに帰ってくる人全員集めても20人ほどの小さなもんですから、町内会費いうても知れとんですよ。まっ、私の話はこれくらいで後はゆっくりお食事のほうを楽しんで下さい。一応ビールはお一人様二本ずつということでお願いしとんですが、それでも足りんいう方は別料金になりますがええですか?」
男は四人を見渡して訊き、四人が目で了承したのを確認すると、
「食べ終わったらお膳はお客さんらで階段の下まで下げといて下さい。お布団は押入れにありますから好きに敷いてお休み下さい」
そう言って部屋を出ていった。
男が去った後、井上たち男の話をもう一度話合っていた。
「なあ、この村の名前、無枯って『流れ』の当て字だと思わないか?」
井上は言った。
「無、枯れか。確かにな。枯れ無い村。土砂で流されても枯れ無い村でいてほしいという願いが込められてたんだよ」
佐々木が言った。
「昼間通りをうろうろしてる年寄りはいなかったけど、俺たちが浜にいるときにうろうろしてたのかなあ?」
横山が言った。
「夏だからなぁ、暑いから年寄りは家の中でじっとしてたんだろ。それか温泉にでも浸かってたんじゃないか」
水野が言った。
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