それにしてもこの子供たちの数ときたら何なんだ! どこにこんなに隠れてたんだろう? この村の子供たちなのか? 民宿のおやじの話だと、ここには年寄りしか住んでないとのことだ。どう考えても怪しい。おばさんは幽霊なんて出ないといったにもかかわらず、ちゃっかり出てきたらしいからな! これって詐欺だよな。加藤の友達は去年あの民宿に泊まったらしいが、一人で宿泊して無事だったんだろうか? 一人で泊まったのなら大した度胸だ。正直、俺は一人で泊まる勇気はない。大沢に命令されても断るだろうな。お化けは一人で見るもんじゃないよ。複数で見なけりゃ楽しめない。
井上は大沢の許に赴く僅かなあいだにそんなことを頭に巡らせていた。大沢たちは身動きできないほど大勢の子供たちに揉まれていた。こう大勢だとなかなか思うように前に進めない。井上は何とか立ちはだかる子供たちの壁を押し分けて大沢に声を掛けた。
「この子たちが一緒に写真撮りたいそうだ。俺たちはカメラ持ってねえんだけど、おまえ持ってる?」
「押忍! 自分は持ってないですけど。向井が持ってました」
「じゃあ、向井さんに写真撮るようにいってくれ!」
井上は大沢の指示に従って由香に写真を撮るように命じた。
「デジカメ貸してあげるから、アンタ撮んなさいよ! 昨日だってアンタが撮ったんだし」
一々俺に指図すんなよな!
井上は由香の命令口調に無性に腹が立った。
ったく、うるせえ女だ! よーし、それならメモリ一杯に使い切ってやる!
井上は由香からカメラを受け取ると、先ず大沢たちを適当に撮り、次々に辺り構わずそこら中を撮りまくっていった。四年生以外の部員たちには一々ポーズを取る暇を与えず、井上はシャッターを押していった。兎に角写真に納めてやればそれで良かった。直にメモリは一杯になり撮影会は終了になった。井上は人気のない浜の端に腰を降ろした。
「ああ、だるう! 大沢の野郎、面倒臭えことは俺にばかり押しつけやがって、こんなこと一年にやらせればいいのによぉ! ったく、ムカつくぜ!」
井上は子供たちと楽しそうにわいわい戯れる部員たちを見ながら不平を漏らした。そして、ふと写真を撮っていたときの子供たちの仕種が奇妙だったことを思い出した。部員たちの傍りに並んだ子供たちは、10数人のグループを作って複数の部員と一緒に写ることを拒んだ。必ず一緒に写る部員は一人と決められ、その部員を中心に回りを取り囲んで向かい合い、掌を合わせて跪いてまるで神か仏に拝むようなポーズで写ろうとした。
シャッターを押しているあいだ、井上はその光景に不審を抱くことはなかった。これは多分、最近この村の子供たちのあいだで流行っている写り方にちがいないと思ったからだ。
この村の子供たちのあいだで今何が流行ってんのか知らんけど、俺たちの知らない思いつかないようなことで盛り上がってるんだろうなぁ。
井上は超田舎の村里に昔から伝わる変わらない子供たちの遊びを思い描いた。そうしてしばらくただボーッと辺りを虚ろな目で眺めていると、不意に佐々木の呼ぶ声が耳に入った。
「先輩が引き上げようって」
佐々木の声に現実を思い出した井上は辺りを見渡した。
あれっ? 子供たちがいない! いつの間に帰ったんだ?
「おい、子供たちは?」
井上は佐々木に訊ねた。
「ちょっと前に帰ったよ。それよりも先輩がもう帰ろうっていってるけどどうする?」
佐々木の感じから、子供たちに抱いていた疑惑は晴れた様子だった。
帰るって?
井上にはこの帰るという意味がどちらを意味しているのかわからなかった。
「帰るって、民宿? それとも松山か?」
「松山よ」
その途端、井上の怒りは一気にこみ上げ、頭が爆発しそうになるのを覚えた。折角四年生の条件に叶う場所を探したというのに、予定を繰り上げて引き返すなんて、ここに至るまでの苦労の日々を思うと到底許せるものではなかった。
「マジでか? ふざけてるよな!」
「皆んなあそこに泊まるのが嫌なんだ」
「足のお化けがそんなに恐いんか!」
「仕方ないよ。正直俺もこの村からは1秒でも早く離れたい気分だ。なんか嫌の予感がするんだよな。いっとくけどお化けは怖くないよ。でも、なんか嫌なものを感じる。誰も気づいてないようだけど、あんなにいた子供たちの足跡が今日は一つも砂浜に残ってないんだよ。これって、やっぱ変だろ?」
浜辺を見渡す佐々木の疑いは消えることなく、返って一層増すばかりだった。
「相当いたから掻き消されたんだよ」
怒りが治まらない井上には佐々木の言葉は耳に入らなかった。
「先輩はもう部員たちに荷物を纏めるように指示してしまったからなぁ。さぁ、諦めてとっととここから引き上げようや」
「畜生! 覚えてろよ!」
井上には大沢のこの決断は絶対に許せなかった。しかし、主将の命令は絶対だ。井上は佐々木に連れられて渋々ながら荷物を纏めに民宿に戻っていった。
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