「移すなって忠告を受けていたにもかかわらず、石を持って帰ってしまったから石の祟りに遇った。そういうことか?」
横山は勝手に想像力を働かせて怯えていた。
「ああ、多分な。加藤の友達も祓橋で足を清めてから出て行けって忠告されたはずだよ。しかし! そうしなかった。何故だかわかるか?」
「…」
二人は黙ったまま、井上の答えを待った。
「拾った石に洗脳され、おやじの言いつけが耳に入らなかったんだよ」
井上は憶測に任せて本当らしく語った。
「なるほどなぁ。でも、おまえの話からだと死んだのはピンクの石の祟りのせいで、川で清めることとは関係ないんじゃあ?」
「ああ、だからな、あの川の水は聖水で、ピンクの石の魔力を浄化する働きがあるんだよ。あの石には意志があるんじゃないかな。祟られた石だからなぁ。その美しい輝きを武器に目にした者の心を魅了して自在に操り、ここから余所に移してくれたお礼に、おまえをあの世に移してやろうって呪いをかけられるんだ」
井上の話に二人は何の疑いも持っていないようだった。
「祓橋はな、昔からすべての魔を祓い落とす神聖な儀式を執り行う場所だったんだ。ピンクの石も祓橋で禊川の水で清められると、その魔力は立ち所に消し去られてしまうんだけど、石に取り憑かれた人は皆んな意識をコントロールされてるから何もわからない状態になるんだ。だから足を洗って清めようとはしないんだよ。皆んな川を飛び越えてしまう」
「ピンクの石の目的は何だったんだ?」
「そこが謎なんじゃないか!」
井上は引きつった顔を作って言った。佐々木の鋭い質問に井上は躊躇ったが、適当な思いつきでその場を言い逃れることにした。
「なるほどなぁ」
佐々木は腕組みをして目を閉じ納得しているようだった。
松山に着いたときには午後六時を過ぎていたが、空が夕焼けで赤く染まるにはまだしばらく時間があった。井上は先に横山のマンションに向かおうとしたが、年甲斐もなく横山が我儘を言い出した。
「おまえら今日うちに泊まんないか? 俺独りでいるのが怖いんだよ」
「駐車場あったっけ?」
「あ、ないわ」
「じゃあ、駄目だ!」
「そんなこというなよ! それならファミレス! そこならいいだろ? 何でも好きな物奢るから!」
車の持ち主の佐々木はそう言うことならいいだろうと了解し、「おまえはどうする?」と井上に訊ねた。井上も忘れかけていた無枯村を先程、加藤から聞いた話を二人に聞かせたことでより一層リアルに心に思い描いてしまい、この気持ちを引きずったまま家に帰るより二人と話して気を紛らわすほうがいいと思った。井上は「何でも奢るって約束は本当だろうな! 村の子供のように裏切るなよ!」と横山を脅してから、ファミリーレストランを探して車を走らせた。
ファミリーレストランは横山のマンションの近くにある24時間営業の店に決まった。前日の無枯村の夜には決して見られないネオンのきらめきが街の至る所で見られた。
やっぱ夜はこうじゃなくちゃな! あの村も夜空に星の輝きが少しでも見えればちょっとは雰囲気も和むのに、ああ真っ暗闇じゃなぁ…。心まで暗くなって鬱になるよ。無枯荘のおやじの話だと村には年寄りしかいないらしいが、確かに、年寄りしかあの村では保たないだろうな。若い連中は何もなさすぎて狂ってしまうんじゃないか?
車を停めると井上と佐々木は財布を持たず店の中に入って行った。夕刻の店内は土曜日ということもあり、大勢の客で賑わっていた。前日、無枯村の夜を経験したことがまるで嘘のように思え活気がそこにあった。入口近くの道路に面した窓際に空いたテーブルを見つけると、透かさず横山が走った。店内には流行りの曲が流れている。波の音も悪くはないが、今はあの村を思い出させる物は一切受け付けたくなかった。
「好きなもの頼んでいいぞ!」
財布の中身を確認しながら横山は吐き捨てるように言った。井上と佐々木は遠慮なく好きな物を頼んだ。
「そういえばよぉ、加藤が見たって足だけのお化けだけど、小さな足だったらしいじゃない。つまりそれって子供の足ってことかなぁ?」
佐々木が不意に言った。
「加藤の友達も子供の幻覚を相手にお父さんになったつもりでいたからなぁ」
井上は応えた。
「民宿のおやじは一言も村に子供がいるなんていわなかったと思わないか? いるのは年寄りばかりだと。それもシーズンのときだけ昔住んでた者が帰ってくるって」
佐々木が眉を顰めて言った。
「おいおい! こんなところで止してくれよ。つまりそれって俺が風呂屋で約束した子供たちもあの村にはいない、幽霊だったってことじゃないか」
青ざめて横山が声を震わせた。
「写真撮ってたときの子供たち、あれは普通じゃないよ。おまえら二人は気づかなかったか? 子供たちは拝むような姿勢で写ろうとしてた」
井上は二人の顔を交互に見比べて言った。
「民宿のおやじとおばさんは自分たちには見えないのかもしれないっていったよなぁ? 多分それは本当だよ。あの二人には見えないんだ。俺たちも寝てたから感じることはできなかったけど、やっぱあそこには村全体に幽霊がうようよしてたんだよ」
賑やかなレストランの一角に暗い影を落としたテーブルが一つあった。そのテーブルでは三人の男たちによって、ある村で体験した奇妙な話が夜明けまでつづけられたのである。
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