「ああ、そうだ。この前皆んなに話したのはこの写真のことだったんだ。アイツの写真もそうだった。アイツ、独りで笑顔だった。両手を誰かの肩か頭の上に乗せた形で写ってたんだ。俺はその写真を見たとき奇妙なポーズだと思ったよ。アイツは俺にいったんだ。子供たちの肩に手を乗せて写したのにって」
「こ、子供は写らなかった。あの村の子供たちは写真に写らない。そんなことありえるのかよ」
顔を引きつらせて二年の男が叫んだ。加藤から村に訪れた友人の話を途中まで聞かされていた四年生以外の部員たちの顔には、何かに怯えておどおどしている様子が露骨に現れている。
「おいおい、おまえら何の話だ? 加藤の友達もこういう写真を撮ったことがあるのか?」
何も知らない西村が怪訝な面持ちで訊ねた。
「押忍」
加藤は小さく頷いて応えた。大沢は加藤に説明するように指示した。加藤は友達が無枯村から帰ってきてから至ったすべてを話した。そのとき加藤の口から出てきた内容は井上、佐々木、横山を除く他の部員たちには初めて耳にする内容だった。加藤が話し終わるまで、誰もが口を噤んで緊迫する空気の中、意識を加藤の声だけに集中させていた。途中、ピンク色の石が説明されたとき、一瞬り悲鳴が道場内を駆け抜けたが大沢の注意で再び道場は加藤の声が谺する空間となった。加藤の説明が終わると、大沢が部員たちに訊ねた。
「ピンク色の石を見つけた者?」
ほぼ全員が右手を力なく挙げた。つづけて、
「その石を持って帰った者、正直に手を挙げろ!」
大沢の目は血走っていた。ほぼ全員が手を挙げたまま、うなだれた姿勢で俯いている。
「加藤! おまえは当然持ち帰ってないな」
大沢が確認した。
「押忍! 自分は怖かったから見ようともしませんでした」
「おまえどうしてこんな大事なことを話さなかったんだ!」
大沢の檄が飛んだ。
「押忍! 説明しようとしました。でも、誰も話を最後まで聞かなかったんです」
静まり返った道場に、外で鳴く蝉の声がうるさく聞こえた。
「井上! おまえはそんな大事なことも聞かずに決めたのか!」
大沢は怒りの矛先を井上に向けた。井上は小さく「押忍」と返した。
大沢は井上の小さくなった姿を見て、もう何も言わなかった。代わりに西村が、
「石を元の場所に戻せばミイラにならなくても済むんだよな?」
加藤にそう訊ねたが、加藤はわからないと返しただけだった。
無枯村からピンク色の石を持ち帰った部員たちの顔には、迫りくる死に対する恐怖と、それ以上に生きたいと願う執着が交互に入れ代わり、落ちつきなど微塵も伺えなかった。女性部員の中にはその場に泣き崩れる者もいる。そしてそれらの部員を見て大沢が意を決して言った。
「加藤の話が本当かどうかはわからない。しかし、石を元の場所に戻さない限り、ミイラになって死ぬかもしれないという不安から解放されることはないだろう。俺は石に祟りがあるとは思いたくない。だが、皆んなもそうだと思うが一番心配なのは、もしもということだ。もしもと思う気持ちがある以上は、精神的に追い込まれて自らを死に追い込むような馬鹿な行動を取る者も現れるかもしれん。そこで俺は早速明日にでもあの村に石を戻しに行こうと思う。こういうことは早い内に処置を施しておいたほうがいいからな。俺は明日の朝行くつもりだが、一緒に行く者はいるか?」
大沢の顔色は青ざめ良くなかったが、その言葉には勉めて気丈に振る舞おうとしている主将としての姿勢が見えた。井上は大沢の演説を聞いて驚いた。
なんだ、大沢の野郎! ちゃっかり石を持って帰ってんじゃねえか! 加藤の話を聞いてビビったんだな。
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