相手は複数か…。まぁ、暗くて狭い廊下だからやるには関係ないさ。先手必勝、ドアを開けた途端に右ストレートをお見舞いしてやる!
心の中で大きく気合を入れ、左手で一気にドアを開くと同時にパンチを繰り出した。しかし放たれた右ストレートは綺麗に空を切った。
「あれっ?」
誰もいない。何? どうなってんだ?
加藤は廊下に出て辺りを見渡した。
変だなぁ? どこにも誰もいない。俺の気のせいだったのかなぁ?
加藤はもう一度廊下を確認してから部屋に戻り、後ろ手にドアを閉めようとした。するとドアがもうすぐ閉まるというところで、外から部屋の中に強い風が吹き込んできた。風がドアの脇に立て掛けてある傘を揺らし、ガサガサガサッ! ゴトゴトッ! と音を立ててた。
「あっ!」
何だよ。犯人はコイツかよ。俺も相当神経質だよな。
先程から加藤を苛立たせた物音の正体が風だとわかると、加藤は安心して布団に横になった。
ガサガサッ! スーッ! スーッ! スーッ!
横になった後も不快な音はつづいた。しかし、加藤がそれに神経を注ぐことはもうなかった。彼は程なく夢の中へ落ちていった。
ガサガサッ! スーッ!
「ここでええんじゃ。お父さんが窓開けて家の中に入れてくれたろが」
「やっとお父さんに逢えたなぁ!」
「もうずぅっとここにおってかまんのやろ?」
「ほうよ。ここがぼくらの家になったんじゃ! ずうっとおってかまんぞ!」
「他の皆んなもお父さんやお母さんの家に入れてもろたかなぁ?」
水野たち三人は無心で無枯村に急いだ。闇に浮かぶメロディーライン。ハンドルを握る手に力が入る。ライトが行き届く先はまだまだ闇に覆われている。佐田岬を西へ走りはじめて既に一時間が経とうとしていたが、無枯村に入る脇道が見つからない。
「なんだよっ! すぐ近くまできてるはずなのにどこなんだ!」
不安と焦りで水野は冷静さを失っていた。その姿に由香と小山も一層不安になった。
「絶対にこの辺りなんだけどなぁ! 畜生っ」
道路標識を探して闇夜に目をキョロキョロさせる。
「本当にこの道であってるの?」
不安に駆られた由香が声を漏らした。
「ここが一本道なことくらい知ってるだろっ!」
水野は小山がいることも忘れて声を荒立てた。三人は更に先へと車を走らせた。すると、100メートルほど前方に、停車した数台の車のハザードランプの点灯が見えた。
「あれ、うちの部員たちじゃない!」
小山が叫んだ。
水野は道路脇に車を停めると、先頭に停まっている車中を覗き込んだ。
「先輩!」
小山の言ったとおりだった、先頭の車は先に出発した四年生たちだった。水野は普段は疎ましいとしか思えなかった大沢だが、そのときは逢えたことに安らぎを覚えた。
「先輩! 入口がわかりません!」
水野は大沢に縋り付いた。
「消えちまったよ。入口が」
大沢のうろたえる声が闇に吸われた。
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