久しぶりに顔を出した部室には、結局いつまで待っても三人以外に人数が増えることはなかった。三人は表が暗くなったことに気づくと部室を出ていった。
後期授業がはじまって十日も過ぎると、学内は一層学園祭に向けての準備が盛んに、学生の往来が激しさを増していた。しかし、井上たちの部室には井上、佐々木、横山の三人以外がドアを開くことはなかった。その日もいつものように三人は貸切り状態の部室をだらだらした恰好で自由に使っていた。
「先輩たちどうしたんだろう?」
横山が心配そうに呟いた。
「流石に変だよなぁ。一、二年もどうしたんだろう?」
佐々木が言った。
「合宿が最悪だったから皆辞めたんじゃない?」
井上は適当に言った。
「そう言えば水野たち前期の試験すっぽかしただろ。単位大丈夫なのか?」
横山が急に思い出して言った。
「マジで! あの三人試験受けてないん?」
井上は驚いて訊き返した。
「え、おまえ知らなかったの? あの三人残りの試験全部受けてないよ。ほんと何考えてんだろうな。留年だなこれは」
佐々木が呆れ顔で言った。
水野、向井、小山は夏休み前に行われた前期試験をすべてキャンセルしていた。確か三人は試験の初日に、無枯村に石を戻しに行くとかなんとか言ってたような気がするがと、井上はふとそんなことを思い出した。
「おい! そういえば、あの三人あの村に石を戻しに行くっていってたけど、本当に行ったんかなぁ? 何か聞いてないか?」
井上は二人に訊ねた。
「さあ?」
佐々木が首を横に振った。
「まさか! 行って何か起こったんだよ!」
突然横山が声を上げた。イベント好きの横山はどんなことでも事件にしたがる悪い癖があった。
「何かってまたお化けか?」
そう訊き返したものの、井上には馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。だが井上の考えとは裏腹に、横山の顔からは血の気が引いていくのがはっきり伺えた。
まさか…。加藤が話したようなことが、部員たちの身に起こったんじゃあ。
井上は心に大きな風穴がぽっかり空いたような気がした。
「おい! あのミーティングのあった日から、他の部員たちに逢ったか? もしくは連絡をもらったか?」
横山が引きつった顔で二人に訊ねた。
「いや、ないな」
「俺もない。皆、部室どころか大学にもきてないんだ!」
激しく胸を打ち鳴らす動悸に不安を抱きながら、二人は生唾を飲み込んだ。
あのミーティングが行われた日、ほとんどの部員が無枯村に石を戻しに行った。行かなかったのは、井上、佐々木、横山、そして二年生の加藤の四人だった。井上は加藤が無枯村に行っていないことを思い出した。
「加藤は行ってんいぞ! でも、変だなぁ? おい! 後期になってからアイツ見たか?」
井上は二人に訊ねた。二人は一様に「見ていない」と応えた。
加藤、アイツはどうして部室に顔を見せないんだ? 俺たちに内緒で退部届けを提出したのか? しかし、アイツが退部だなんて考えられない。二年生の中では一番練習熱心で努力家だった。人間関係に問題があったとも考えられない。
兎に角、部員たちに連絡を取って、大学にこない理由を確認する必要があると思った井上は、三人で手分けして部員たちに電話を掛けていった。
「どうだった?」
「駄目だ!」
「一体どうなってんだ! 皆んな休学したなんて、どう考えても奇怪しいぞ!」
大半の部員が自宅から通う者たちだった。携帯電話に連絡したが、誰一人として通じなかったため、自宅に電話しなければならなかった。奇妙なことに電話には決して本人は出なかった。部員たちは自宅にいるようだったが、決して本人と代わってはもらえなかった。幾ら代わって欲しいと頼んでも、理由も告げられずに一方的に電話は切られた。全員が保護者から半年間の休学届けを大学側に提出されていた。井上たちの不審感は加速的に増していった。
「おい、ところで加藤は? アイツはどうだ?」
井上が加藤の実家に連絡を取った横山に訊ねた。
「アイツは夏休みは帰省しなかったそうだ。こっちにいるみたいだな」
「で、携帯は繋がったか?」
「圏外にいるのか、もしくは充電が切れてんだろうな。通じないよ」
「ちょっと今から加藤のアパート行ってみないか?」
井上は二人を誘った。
「そうだな」
加藤のアパートは大学から路面電車に揺られて五分ほどの古い住宅が並ぶ一角にあった。一度加藤の部屋を訪れたことのある佐々木が二人を先導して、記憶に残るアパートの佇まいを見つけた。
「東雲荘。あれだ!」
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