「おい! しっかりしろ! どうしたんだ! 何があった!」
胸倉を両手で掴み馬乗りになった佐々木が、激しく井上の身体を揺さぶっていた。目覚めたものの状況がまったく飲み込めないでいた井上は、ぼやけた意識の中に佐々木が写った写真に異常があったことを強烈に思い出した。
「そうだ、思い出した!」
井上は馬乗りになった佐々木を払い退けると、奇妙な写真を探しはじめた。
「おい! 井上、どうしたんだ! 写真に何が写ってたんだ!」
横山が震えた声を上げた。横山は写真に触れることを拒んだ井上が、無我夢中に無数の写真の中からある特定の写真を探している姿に、とうとう写真の祟りに遇ってしまったにちがいないと思い込んだ。
「佐々木! おまえ自分の写真は確認しなかっただろっ!」
探す手を休めず、井上は佐々木に訊ねた。
「ああ、ちらっと見えたけど」
佐々木の声には安堵感が滲み出ていた。それを聞いて井上は探す手を止めた。
「全体を見なかったんだな?」
井上は慎重な口調でゆっくり訊ねた。佐々木は井上に質問されている意味がわからない。
「ああ。だって全体を丁寧に見るなんてなぁ、あんなのを見てしまったら気持ち悪くて無理だろ!」
佐々木はそれがどうした。悪いことでもしたってのかと言わんばかりに、開き直った態度だった。
「おまえと一緒に写ってた子供たち奇怪しいぞ!」
井上はそう言うと再び写真を探しはじめた。
「子供たちが奇怪しいってどういうことだよ?」
急に震えた声で佐々木が詰め寄った。
「ちょっと待て! 見つけて震え上がらせてやる。…あ、あった! コイツだ!」
井上は1枚の写真を手に取ると、うろたえる佐々木に手渡した。佐々木は注意深く写真に写っている子供たちを見た。
ど、どうなってんだ! ど、どうしてこの子たちはこんなに。何だっていうんだよ! 俺が何か気に触ることでもしたってのか! 俺は何もしてないだろ! なあ、俺は何も嫌なことはしてないだろ!
佐々木は頭を抱え込んで床にうずくまった。
「俺が何したっていうんだ! なあ、井上! 俺、何か子供たちに嫌なことしたか? なあ、横山! 俺はあの村で変なことなんて何もしなかったよなぁ!」
突然気が狂ったように佐々木が大声で喚き出した。
「ど、どうしたんだ! 佐々木は、コイツは気が狂ってしまったのか!」
佐々木の豹変に怯えた横山が井上に訊ねた。
「気は確かだよ。ただ、無性に恐れているだけだ」
井上は素っ気なく応えた。
「写真の子供たちはどうなってたんだ? 何が子供たちに起こってたんだ?」
目に涙を浮かべ、横山は井上に詰め寄った。井上は佐々木から写真を奪い取ると、横山の顔の前に突き出した。
「よく見ろ!」
「ウワーッ! なんだこれっ! 子供たち、なんて顔してんだ! まるで鬼の形相じゃないか! どうしてこんな風になっちまったんだ?」
顔を顰めて横山が驚愕の声を上げた。
「不気味だ。それに下のほうもよく見ろ。地面から手が出てる。それに」
「ええっ!」
横山は子供たちの足元に目をやった。
「ウワッ! 何だこれは! て、手が地面から伸びて、子供たちの足首にはロープが巻き付いてるじゃないか! それに地面から伸びた手が、子供たちの足首に巻き付いたロープを佐々木の足首に巻き付けようとしてるじゃねえか! でも佐々木の足首に巻き付けようにもできないで戸惑っている感じだ。一体、何なんだよ!」
「民宿のおやじのいったことはこのことだったんだよきっと。足に憑いた汚れを祓ってから村を離れろっていっただろ」
井上は写真から目を放さない横山の耳元で囁いた。
「村の言い伝えにはちゃんとした意味があったってことか!」
「無枯村に石を戻しに行った連中は、石を元に戻してもこの写真の通りになった。石はやっぱ関係なかったんだよ! 今頃加藤や水野、それに小山さんも老けて子供の亡霊を相手に家の中で閉じ篭っているんだよ。子守だよ、子守! 皆子守で一歩も家から出られないんだ! 無事だったのは祓川で足を清めて帰った俺たちだけなんだよ! 俺はてっきり加藤の説明で、あの石の祟りだとばかり思っていたけど、石は何の意味もなかったんだ! やっぱすべては清めの儀式にあったんだよ!」
井上がそう叫んだとき、冷静を取り戻した佐々木が呟いた。
「ここにあるもんは、なんもうつさんといてくださいね。ここにあるもんは、なんもうつさん。ここに、うつさん。おい! うつさんって、これは場所を移動させるなって意味じゃなかったんだ! 写真を撮るな! 写すなってことだったんだ!」
三人は一斉に束ねた一塊の写真を手に取って見た。
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