「確か、この寺だと思う」
そう言って佐々木は井上と横山を引き連れて、道後公園裏の寺院の門を潜った。
前日、例の写真を整理した後、三人は話し合って写真諸共お寺で御祓いをしてもらうことにした。その日の朝早く、大学の門が開くのを待って三人は部室に写真を取りに行った。佐々木が知る寺は大学から歩いて10分のところにあった。寺に着くなり三人は、住職に事情を話した。住職は40歳くらいの落ちつきのある男だった。手渡された写真にこれはただ事ではないと感じた住職は、朝のお勤めを中断して三人をすぐ様本堂へ案内した。お線香が焚かれている。普段嗅いだことのない独特の甘い香りがそこ一帯を占めている。そこにいかなければ感じられない異空間の感触を覚えながら、三人は住職の後につづいて本堂へと足を踏み入れた。
「おいおい、なんだあの仏像?」
井上は本堂に飾られている数体の仏像の中でも、中央に飾られている一際背の高い険しい顔の仏像を指さして二人に訊ねた。
「不動明王だよ」
佐々木が小声で応えた。住職は微笑んでここに座って待つように告げると、小走りで本堂を後にした。10分くらいして住職が派手な衣装に着替えて現われた。三人は思わず、住職の変わり様に驚いたが、その驚きも束の間、住職は一刻の間も惜しまぬようすぐに御祓いに取りかかった。
本堂には読経と共に護摩壇に炎が焚かれた。炎はオレンジや赤で燃え盛り、本堂を包んでいたお線香の甘い香りを掻き消すかのように、木が焼ける匂いが煙と共に立ち込めた。祈祷が行われているあいだ、三人は初めての光景に好奇の目を向けていた。だが正座を組んだ足の痺れを我慢することができなくなり、すぐにその興味は失せてしまった。普段、空手の稽古で正座には慣れているつもりだったが、そのときは生憎三人はジーンズを履いていた。三人が三人とも祈祷に集中する汗だくの住職を余所に、足の痺れに気を取られて顔を歪めていた。
早く終わんないかなぁ。
誰もがそんなことを真剣に頭の中で巡らせているときだった。突然どこからともなく、
ギィヤー!
ヒィーッ! ヒィーッ!
ソンナコトヲシテモムダダァッ!
苦しみ叫ぶ男とも女とも言えない不気味な声が、本堂の中を通り過ぎていった。
「な、なんだ今の!」
確かに変な声が聞こえた! まさか俺だけに聞こえたわけじゃあ…!
奇声を耳にした井上は心臓の鼓動の速まりを感じながら、他の二人を見た。顔を引きつらせて佐々木と横山が耳を両手で塞いでいた。どうやら二人にも聞こえていたようだ。三人は恐る恐る本堂の中を隅々まで見渡した。
「なんだったんだ? 今の」
住職の唱える読経に掻き消されるように、佐々木の震えた声がした。
「おい! あそこ!」
横山が叫びながら護摩壇を顎でしゃくって示した。
「ウワーッ!」
井上は声を上げて目を背けた。
「しゃ、写真から腕が出てる!」
見ると住職によって炎に1枚1枚投げ込まれている写真から、薄っすら透けた腕が無数に伸びていた。
祈祷する住職の顔にも焦りの色がはっきり見える。三人は急いでその場から逃げようとした。しかし、腰を抜かしてしまい這うことしかできなかった。汗だくの住職が必死にそれらの腕を振り払おうとしているが、腕は一向に消えようとしない。それどころかどんどん腕の数は増えるばかりだった。
オマエモコロシテヤロウカ?
複数の男女の入り乱れた声が本堂に響き渡った。住職が一瞬その声に臆した表情になった。
ソンナモノデナニガデキル!
そう聞こえた瞬間、住職が力尽きて炎で燃え盛る護摩壇の中に、正面から倒れ込んでしまった。忽ち炎が住職の衣を包み、一際大きな火柱になった。常識では考えられない現象を目の当たりにして、何が何だか頭の中が完全に混乱してしまった三人は、住職を助けようともせず腰を抜かしたまま、ただ呆然と炎に包まれる住職を見ていた。
ハア、ハア
息が詰まって呼吸が思うようにできない。
「このままだと坊さん死んでしまうぞ!」
震える井上に佐々木の泣き叫ぶ声が届いた。
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