僧侶は涙を掌で拭うと、何故このような事態が起きてしまったのか三人に詳しく説明するように訊ねた。燃え盛る本堂目掛けて数ヵ所から勢いよく放水が行われている。土砂降りのように降り注がれた水流は、本堂の中に詰まった炭の塊をどんどん外に押し流した。それは井上たち三人に無枯村を幾度となく襲った土砂崩れの光景を連想させた。三人はできる限り詳しく経緯を話した。僧侶は三人が話し終わるまで黙って黒焦げになった息子を見つめていた。
「そうですか。わかりました」
僧侶はそう言うと、眉間に深い縦皺を作って考え込んで、
「これはここでは祓うことはできん相当強い霊です。お話の中にあった祓いの場」
「祓橋ですか?」
透かさず井上は訊ねた。
「ええ。その橋で清めん限りはどうにもならんようですな!」
「やっぱり、祟りですか?」
井上は矢継ぎ早に訊ねた。
「いやこれは祟りじゃありません。強い霊ですが、祟りを起こすような悪いものは感じられません!」
僧侶は横たわった息子が救急車に運ばれるのを横目に、強い口調で言った。
「じゃあ、何だったんです!」
不安に駆られた佐々木が詰め寄った。
「救いを求めておるのでしょう」
僧侶は空高く舞い上がった煙を仰ぎ見た。年老いた僧侶によると、村を出るおり取った行動は、あの世から救いを求める者たちの想いを妨害したのではないかということだった。無枯村の子供たちは死の世界から救いを求めてきた。そしてその手段として、村を訪れた外部の者に助けを求めて、苦しみから連れ出してもらいたかったのではないかと。あの村で亡くなった者たちは、祓橋から伸びる県道に繋がる道は見えなかった。何故なら彼らがまだ此の世に生きていた頃には、その道は開通していなかったから。誰もそのことを知らなかったのではなかろうか。
寺を訪れた三人は、祟りに遇いたくない一心で御祓いを頼んだだけだった。決して部員たちを救いたいと願ったのではなかった。だが、井上たちが取った行動は、死の世界から此の世に救いを求めた者たちにとっては救いを妨げる行動になってしまったようだ。僧侶の立場からだと亡霊たちも救わなければならないのだろうが、井上たちには亡霊たちを救うことよりも、現実にまだ祟りを受けていない自分たちの身を守ることのほうが大事だった。
「じゃあ、部員たちはもう助からないんですね」
横山が言った。
「わかりません。いえることは、私たちの力ではできんこともあるということです。お仲間の方々を救えるかどうか、やってみないことにはわかりませんが、この写真と一緒にお仲間の方々も連れて、もう一度その村に行って祓いの場所で清められたほうがよいのかもしれません」
「そんなことしても平気でしょうか? 仲間の部員たちは皆家から一歩も出れないんです。家族の者が出さないようにしてるみたいだし」
横山が言った。
「ご家族の方に事情をよくよくお話しして、ご同行願えるよう頼むしかないでしょう。ご家族の方も必ずあなた方のお話をわかって下さるはずです。親という者は子供が自分よりも先に死ぬなど決して考えたくないものですからな…。
救えるものなら、できる限りの手を尽くさなくてはいけません。私も息子を今亡くしたばかりです。救えるものならなんとしても救ってやりたかった。
この写真、私にはこの写真から邪悪な霊気は何も感じられんのです。写真から出てきたという腕は、恐らく亡くなった子供たちを見守っていた親御さんのものだったんでしょうなぁ…。あなた方はこの親御さんの気持ちを考えもせず、祟りだと決め付けて無闇に魔として祓おうとしました。この写真から出てきた腕の持ち主の方々の気持ちが、今の私には痛いほどよくわかるんです。その村にお仲間の方々を連れて行き、清めることができるかどうかはわかりません。それは村で子供さんを亡くされた親御さんの気持ちを踏みにじることになりますからな。じゃが、此の世で生きられるのは生きている者だけなんです。そのことを十分に理解してもらうように、清めのあいだは祈りつづけなさい。亡霊といえども、元は生身の身体で生きていた者たちなのです。あなた方がお仲間を救いたいと願う気持ちと、子供を救いたいと願う親御さんの気持ちには通じるものがあるはずです。必ずわかって頂けるはずです。兎に角急いでお仲間の家族の方にお話しして、一刻も早くその村で清めることでしょうな」
三人にそう言って一礼すると、僧侶は駆けつけた警察の許に力なく歩いて行った。
井上は正直あの村に行くのは御免だった。
なんで俺がアイツらを救うために、わざわざあの村まで御祓いしに行かなきゃなんないんだ! 皆民宿のおやじのいうことを素直に聞かなかったからそうなったんじゃないか! 空手の試合だってそうだろ! 審判の指示に従わなかったら駄目って、いつもいってるのによぉ! ったく面倒臭ぇなぁっ! いっつも俺に厄介な仕事ばかり押しつけやがって。ふざけんなよ! 勝負の世界は生き残った者が勝者なんだよ。注意を守らなくて、死にそうになってんのは自業自得だろ! ったくムカつくよな。皆さっさと死んでしまえばいいのに! なら俺は行く必要がなくなるんだからな。
井上の想いとは反対に、横山は正義感が漲ってきたのか、村に行く気でいた。一方、どんなときも慎重な佐々木は、行くことを躊躇っているだった。井上は思った。
基本的に行きたくないけど、これで大沢たちを救えたならアイツは一生俺に頭が上がらなくなるな。神様、仏様、井上様って感じだ。そう考えると行ってやってもいいかも。でも、あの川で御祓いしたところで助からなかったとしてももう知らないからな! 俺は観音様じゃないんだから。救いを求められても誰でも彼でも助けてやれないよ。情けは捨てろ! それが大沢から教えられたことだったから。あーあ、部屋に閉じこもっているからといって、悪さしてるわけじゃないんだから、その内ミイラになって死ぬんだから放っておけばいいんじゃねえか! 部屋の中で一人静かにいるのも、なかなかいいと思うんだけどね。
寺を去り部室に向かう道中、横山は村に発つ計画をあれこれとしゃべっていたが、井上は憂鬱で全然聞く気がしなかった。佐々木は始終黙っていた。
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