「早く目が覚めたもんでなきたけど、ここで寝たらもう起きられないと思って、おもえを起したんだが済まなかったな」
佐々木は助手席に乗り込んだ井上に言った。
「俺も早く目が覚めたんでな。目覚ましのタイマーは四時にセットしてたんだが、3時前に目が覚めた。おまえから電話あったときは完全に目が覚めてたから気にするな。横山には連絡しておいた。アイツも起きてたよ」
「そうか」
そう言うと佐々木は車の向きを換えて、横山のマンションへと発進させた。ハンドルを握る佐々木の口から幾つも欠伸が出た。それが気になった井上は訊ねた。
「寝てないようだな」
「寝たよ。昨日、帰ってすぐに風呂に入って寝た。横になるとすぐに眠りに就いたよ。でも、中途半端に目が覚めたもんだから、今頃になって急に欠伸が」
「いつでも運転代わってやるから」
「わかった」
横山のマンションが見えたところで、井上は携帯電話で横山に近くまできたことを伝えた。車がマンションに通じる路地に曲がったとき、佐々木の車のヘッドライトが道路脇きに立つ横山を眩しく照らした。横山が後部座席に乗り込むと佐々木は武道館に向けてアクセルを踏んだ。
「皆きてるかなぁ?」
不安気に言ったものの、横山の表情はわくわくしているようにしか見えなかった。
「きてるよ」
欠伸を噛みながら佐々木が応えた。
「なんだ眠てないのか? 長いのに運転大丈夫か?」
欠伸を噛む佐々木に不安を覚えて横山が言った。
「途中で俺と代わるから心配するな。おまえはぐっすり眠れたみたいだな」
井上が言った。
「眠れたことは眠れたんだけどな、ちょっと夢で魘されたもんでだるい」
「へえ、怖い夢でも見たのか?」
佐々木が訊ねた。
「怖いというか、気味の悪い夢だったなぁ。なんかよくわからんが見覚えのあるぼろ屋に俺独りいてな。誰もいないはずなのに、ギィーギィー、カタカタうるさくて。おまけに家の外から中を覗き込んでる変な人影がいるわで、妙に不気味だったんだ。何かに襲われるとか、殺されそうになるってもんじゃなかったけど恐かったなぁ。本能が身の危険を感じた、みたいな」
「夢の中のそのぼろ屋って見覚えがあるっていったよな?」
佐々木が訊ねた。
「ああ」
「多分なぁ、それ無枯荘だぞ」
佐々木は目線を前方に向けたまま無表情で言った。
「あ、やっぱそう思う? いやね、俺もそうじゃないかなあって思ってたんだよ。やっぱ今日向かう村のことが気になってんだな」
能天気に横山は言った。
「あのなぁ」
前方に武道館の屋根が見えたところで、佐々木がアクセルを踏み込みながらぼそりと言った。
「俺も見たよ」
佐々木は無表情だった。
「見たって、何を?」
「おまえが見た夢とまったく同じ夢だよ!」
それっきり佐々木は黙ってしまった。しかし、黙ったのは佐々木一人ではなかった。三人が三人とも忌み知れぬ目に見えない呪縛を感じて言葉を失っていた。助手席に小さく丸くなってシートに凭れ掛かった井上は、顔を窓側に向けて外の風景を見ていた。しかし本当は他の二人以上に顔を引きつらせて、身体全身に鳥肌を立たせて心の中で叫んでいた。
なんでだよぉっ! なんで三人が三人とも同じ夢を見てんだよぉっ! こんなことって有り得ないよ! 絶対にあっちゃいけないんだよっ! やっぱ、これは祟りなんだ! あの坊さんは祟りじゃないって断言してたけど、親の亡霊たちが俺たちが村に清めに行くことに怒っているんだ!
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