井上は、ミイラになった由香が目に見えない子供たちの亡霊を相手にしゃべりかけている姿を想像した。
「向井さん凄く大事そうに写真持ってたぞ。なあ、横山、おまえも見たよな。あの写真」
佐々木が横山に確かめた。
「うん。まあな」
由香が大事に持っていた写真って、まさか子供の写っていない例のアレじゃねぇだろうなぁ。でもあの写真はメモリカードと一緒に佐々木が全部部室にしまってたはずだけど?
井上が謎を解き明かしているあいだも、佐々木と横山は由香について井上にはわざとわからないように何やら話していた。
「あの写真に写ってたのってどう見ても、なぁ?」
横山が佐々木に言った。
「ああ。どう見ても井上、おまえだったよ!」
その瞬間、井上は後頭部を大きなハンマーで殴られたような強い衝撃を受け、そのまま意識を失いそうになった。
「ま、まままままマジでぇっ!」
自分でも声が震えているのがわかるほど井上は震え上がった。心臓も口から飛び出してきそうなくらい、激しく鼓動を鳴らした。
な、何で? 何で俺の写真なんか持ってんだよぉっ!
「あの写真、あれってどう見てもあの村の風景だったと思わないか?」
横山が佐々木に訊ねた。
「ああ。はっきりとは見えなかったけど、雰囲気的にそんな気がする」
「おい! 俺はあの村で一枚も撮らなかったのに、なんで俺の写真があるんだよ!」
井上の動揺は隠しようがなかった。気が狂れた猛獣のように、井上は息を荒立てて怯える仕種を取っていた。その落ちつきなく辺りをキョロキョロする異常な行動は、佐々木と横山の目には不気味で気味が悪いものに映った。
ど、どういうことだ! 俺はあの村で一枚も撮らなかったはずだぞ! なのにどうして、あの村で写した俺の写真をアイツが持ってんだよ!
「さあなぁ? 誰かが撮ってたんだろ。おまえが皆んなを撮ってるときに」
横山が言った。
「畜生ぉっ!」
井上は唸り声を上げた。
じょ、冗談じゃねえぞ! マジでふざけんなよ! どうして俺の断りもなく勝手に盗み撮りしたんだよっ!
「おいおい、そんなに嫌がることないだろ! それとも祟りに遇うのが心配なのか? 俺たちはちゃんと祓橋で清めてるんだからその心配はないだろ」
佐々木の言葉は慰めにはならなかった。そのとき井上には写真に子供たちの姿が写っていたかどうかということが気になっていた。
「俺の周りに子供たちは?」
「心配するな。いたよ。おまえはカメラを覗いていて、その周りに大勢の子供たちが犇めき合っていた」
「子供たちの顔はどうだった! やっぱり凄い顔になってたか!」
「いや、そこまではわからない。なんせまじまじと写真を見せてもらったわけじゃないからなぁ。瞬間的に見えただけなんだ。でも、間違いなくおまえだったよ。俺が憶えてる限り、あの村でカメラを覗き込む姿を見せてたのはおまえ一人だったからな」
佐々木が言った。愕然として酷く肩を落とした井上には、佐々木のこの言葉は更に追い打ちを掛けるものになった。しかし、佐々木が井上の心中を察していないわけではなかった。佐々木とは自分たち三人は禊川で足を清めたのだから、もう写真に気持ちを振り回されることもないだろうと言いたかった。
「でも、不思議だよなぁ。向井さんが何で井上の写真なんて持ってたんだろう? 案外、井上のこと、好きだったのかなぁ? なあ、佐々木、おまえその辺のこと何か知らないか?」
横山が首を傾げて佐々木に訊ねた。
「うん」
佐々木のこの反応は、何かを知っているように二人には取れた。
「やっぱりそうだったのか? 向井さんって井上のことを」
横山が勘づいて言った。
「一度相談を受けたことがあった」
佐々木が遠くヘッドライトの先を見つめて言った。
「相談って?」
井上は透かさず佐々木に訊き返した。
「今年になってからだけどな。おまえが合宿先を必死になって探してた頃に、おまえのことが好きなんだけど告白すべきかどうかって相談されたんだよ。付き合ってる人がいるのか、誰か好きな人がいるのか、他にもおまえの好みは何だと色々訊かれたけどね」
ゆっくりした口調で佐々木は言った。
「で! おまえはなんていったんだ!」
井上は佐々木に強い口調で訊ねた。
「別に大したことはいわなかったよ。だっておまえが向井さんのこと無茶苦茶嫌ってることを知ってたから。まあ当たり障りないように、今のままでは井上のタイプの女性には近づけないかもよって」
「おいおい、いい加減にしてくれよ! おまえのその言い方だと、アイツに期待を持たせちまうじゃねぇか! おまえも知ってんだろ! マジで俺、生理的にアイツのこと駄目だってこと」
吐き捨てるように言いながら、井上は悔しさと苛立たしさ、それに加えて佐々木の呆れた対応に涙が出そうになった。
どうしてもっと露骨にはっきりいってやらなかったんだよ! 俺が超嫌ってるって! 死ねばいいのにって!
井上は黙ったまま、薄暗い外の景色に目を這わせていた。そして自分の潔癖な性格の融通のなさを恨んだ。
なんで俺がお父さんなんて呼ばれなきゃなんねぇんだ! しかも、選りに選ってアイツの旦那役だなんて、超最悪じゃねえか!
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