「観音さんが向こう岸に導いてくれると信じとったんです。向こう岸とは恐らく苦しみのない極楽じゃないでしょうかねぇ。我が子を流された親は、皆この憑坐に祈りよったんです。どうか無事に向こう岸へ行けますようにいうて。幼い我が子を亡くした親は毎日のようにお参りしとったそうです」
「あのぉ、さっき下で話したとき、地面から大人の腕が伸びてきた写真の話をしましたよね。やはりあの腕は子供たちを亡くした親の腕だったんでしょうか?」
「さあ、私にはわかりませんが、土の中から出とったいうんでしたら、そうかもしれませんな。子供らは海に流されて見つからなんだけど、土の中から遺体で見つかった大人がようけおったそうです」
「あの写真。子供たちの足に結んでいたロープを、僕の足に結ぼうとしていた腕はどういうつもりだったんだろう?」
佐々木が呟いた。
「お客さんに親代わりになってもろて、彷徨う子らの霊を世話してもらいたかったんじゃないですかねぇ。流された子供らは自分らが死んどることも知らんでしょうから。流される中、親が必ず助けてくれると思いながら皆死んでいったんですから」
「観音温泉で子供の亡霊に遇ったときいってました。禊川の向こうには行けないって」
「亡くなった子供らは川の向こうに道路ができたことを知らんのでしょうな。昔は岩山でしたから。お客さんらは皆、川の向こうからやってきよりましたから、子供らの霊には不思議に思えたんでしょう。もしかしたらあの祓橋を通って村に入る人の姿は、子供らの霊には岩山をすうっと通り抜けてきよるように見えたんかもしれません。その不思議な様子が、人じゃない観音さんやと思わせたんじゃなかろか?」
「この村の外に向こう岸ってのがあると思ったから?」
「ええ。村の外にあると思たんでしょう。子供らの幼い目には余所者は向こう岸から救いにきてくれた観音さんにしか思えなんだんでしょう」
民宿の主人がそう言ったときだった。
〈ナニガノゾミジャ〉
男とも女とも言えない声がはっきりと聞こえた。その声に家族の者たちも顔を引きつらせ、怯えて辺りを見渡した。佐々木も民宿の主人も首を硬直させて辺りを伺った。
「な、何です、今の!」
佐々木がおろおろしながら訊ねた。
「よ、憑坐が動きはじめたんじゃ!」
民宿の主人が目を大きく見開いて震えた声を上げた。
「よ、ヨリマシ? ヨリマシってあの人形でしょ! に、人形がしゃ、しゃべったなんて!」
民宿の主人の言葉を佐々木は素直に受け入れたくなかった。
「いつの日からかここに祀っとる人形に物の怪が乗り移るようになってしもた。我が子を亡くした親を慰めるための人形は、どうにも手に負えん憑坐になってしもた」
「よ、ヨリマシって、本当は一体何なんです!」
佐々木は心臓を背中から握り潰されるような感触を覚えた。
「物の怪が乗り移つる人形や子供のことです」
民宿の主人の言葉に佐々木はたじろいだ。どうしても今現実に体験していることを受け止める勇気がなかった。
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