「そ、そんな馬鹿な! あ、あの人形に物の怪が乗り移っているなんて! そ、そんなことが起こるはずない!」
佐々木は震え上がった。横山は恐怖のあまり完全に声の発し方を忘れているかのようだった。
「この村では起こるんです。お連れさんらの身体を借りて話しよる親の霊が、憑坐を呼び起こしたんでしょう。お連れさんらももう長いことはなかろな…」
〈ハナシハワカッタ。ネガイヲカナエルカワリニナニクレル〉
憑坐が声を発した。不思議なことに表情がなかった人形に口があるように思えた。佐々木は人形の顔を凝視した。するとじわじわと目、鼻、口が浮き出てくるのが見えた。
「に、人形に顔が!」
思わず佐々木は叫んで目を瞑った。その声に反応して部屋にいた連中が一斉に人形の顔を見た。
〈ワシニアタラシイカラダヲヨコセ! ネガイハカナエテヤル。ニンギョウノカラダハウゴキニクイ。ワコゥテガンジョウナナマミノカラダヲヨコセヤ!〉
「もう駄目じゃ…。顔ができたらもう終わりじゃ。皆、憑坐の言いなりになってしまうでぇ。憑坐が要求したらそれに従わんとえらいことになる。憑坐は新しい身体を欲しがっとる。しかも今度は生身の若くて頑丈な身体じゃ」
民宿の主人の声が次第に弱まっていった。
「それって誰かの身体に乗り移るってことなんですか?」
声を震わせて佐々木が訊ねた。
「ほうよ。この木ぃの人形の代わりにの」
「ええっ! じゃあ人形の代わりに今度は生身の人間をここに! で、でもそんなことしたらミイラになって死んでしまうじゃないですか! 死んでもかまわないんですか!」
「憑坐が50年に一度入れ代わる身体、いや乗物は年を取らんと聞いたことがある。あんたにも見えるじゃろ、あの人形が。あれはまだ若い木のままじゃ。憑坐に生かされて腐らんのよ。恐らく今度憑坐にされる者も年を取ることなく、他に代わりがくるまでずうっとここに閉じ込められることになるんじゃろな」
「ほ、本当に本当に死なないんですか!」
「死なされずに生きたまんまじゃ」
「今度は生身の若い身体を要求してましたけど、それって子供ってことなのかなぁ…?」
「いいや、ここには子供はおらん。ここにおる者の中で若い身体いうたら、あんたらだけじゃろがな! 今度はあんたらの身体を憑坐にするつもりじゃ!」
「う、嘘だろ。嘘だよな。お、俺、こんなとこにいたくないよ。こんなところで一人だなんて。俺は嫌だぁっ!」
佐々木が絶叫と共にその場に泣き崩れた。横山は声を出さず、立ち尽くしたまま涙を流していた。
「もう憑坐があんたらを選んでしもたんじゃ。どうにもならんわい。ここにおる者はあんたらの内、どちらかを憑坐に差し出さないかん。それが憑坐の要求じゃけんな!」
民宿の主人はそう叫ぶと放心状態になって動かなくなった。
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