「俺たちどうなっちまうんだっ!」
佐々木と民宿の主人との会話を黙って聞いていた横山が、震えながら佐々木に訊ねた。
「お、俺たちの中から乗り移る新しい身体を選ぶって…。い、井上、アイツはどうしたんだよ! どこへ行ったんだっ!」
憑坐は生身の若くて頑丈な人間の身体を要求してきた。一堂が会した部屋の中で憑坐の要望の条件に適う者は佐々木と横山の二人だけだった。それ以外の者は皆んな中年以上の肉体だった。かつて空手で鍛え上げられた肉体を誇った部員たちは、今ではもうほとんどミイラのように痩せ細って脆く、今にも朽ち果ててしまいそうだった。憑坐の要望を受け入れた家族の者たちが、佐々木と横山の二人にじっと視線を向けている。それはまるで獣が獲物を見つけたときのように、静かで慎重な眼差しだった。二人に向けられる視線にただならぬ危険を感じた二人は、後退りして部屋から急いで出ようとした。すると、
「お願いします! 息子を助けやって下さい!」
そう叫びながら、部屋から逃げ出そうとする横山の足に、一人の婦人が縋りついてきた。
「お、お願いです! あなた方のどちらかが身代わりになって下されば、ここにいる息子や他の皆さんも救われるんです! どうか皆を助けてやって下さい!」
気がつけば、佐々木と横山は縋り寄る家族たちに包囲されて逃げ場を失っていた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 皆さん自分たちのことしか考えてないでしょう! 俺たちはどうなるんです!」
身勝手な家族の振る舞いに憤慨した横山が怒鳴りつけた。
「子供さんを助けたい親御さんの気持ちはわかりますよ。でも、皆さんのいってることは、僕たちに犠牲になれ、いいや、生贄になれっていってるようなもんじゃないですか! 自分で何をいってるのかわかってるんですか!」
佐々木も声を荒立てた。
「お二人も息子たちを、お仲間の部員の方々を救うためにここまでいらしたんでしょ! それなりの覚悟を決めて、私たちをここまで連れてきて下さったんじゃないんですか! ここにくれば救われるといったのは、あなた方なんですよ!」
「ここにくれば子供は助かると電話してきたのはあなた方のほうだ! 息子を救って下さい! お願いします!」
「あなた方のどちらかお一人が、身体を差し出せばここにいる皆が救われるんです!」
「お願いします! あなた方のことは決して忘れません! ですからその身体を差し出して下さい! 皆を救って下さい!」
理性を完全に失った家族たちは無謀な要求で二人に押し迫った。だがそんな要望に二人が素直に応じるはずがなかった。佐々木と横山は傍に寄る家族を武力で払い退けることを決意した。しかし二人がそうすればそうするほど、家族の者たちは哀しみ憂いだ顔で縋り寄ってきた。
「さ、佐々木! このままだと殺られるぞ!」
「ふざけやがって!」
「どうする?」
「殺られる前に殺るしかねぇだろっ!」
佐々木は横山にそう応えるなり、正面に土下座して足を塞いでいた婦人の顔面に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。佐々木の放った膝蹴りはもろに婦人の鼻を捉え、大量の血を流しながら婦人は微かな呻き声を上げてひっくり返って伸びた。それを茫然と見ていた横山も周りに座り込んだ連中の顔面に向けて、蹴りを次々と蹴り込んでいった。接近戦では力を使わずとも破壊力の強い肘打ちと膝蹴りを使うのが常識だった。無抵抗の者に武力を行使するのは、二人の心を相当痛めつけた。、しかし、二人は生き延びるために縋り寄る人々を打ちのめしていくしかなかった。
「ショートだ! ショートの間合いだ!」
佐々木の叫び声に合わせて、横山は改めて組み手構えに構え直し、相手の反撃に備えた。
「どうして私たちの気持ちをわかって下さらないんです!」
一人の中年男性が泣き叫びながら佐々木にタックルしてきた。
「ふざけんな! なんで俺たちが身代わりになんなきゃなんねぇんだよっ!」
佐々木は叫びながらタックルをしてきた男の顔面に、カウンターの強烈な右のストレートパンチを放った。佐々木の放ったパンチはもろに男の顎を捕らえた。男は上体を前に折れるように倒れて、口から泡を吹いて畳みの上で伸びた。
「あなた方は空手を弱い者を痛めつける道具に使われるんですか!」
泣き叫ぶ婦人の声が聞こえた。
「はぁっ? 何いってんだっ! てめえらは大勢で俺たちを生贄にしようとしてんだぞっ! 弱い立場なのはこっちだろ!」
横山は口から血を流す倒れ込んだ人々の脇腹めがけて、とどめの強烈な踵を踏み込んでいった。二人の攻撃に抵抗できず、家族の者たちは喘ぎながら部屋の中でのた打ち回った。
「お二人がその気ならこっちにも考えがあります!」
脇腹に手を当てた男が恨めしそうな目で睨み付けた。するとその男の言葉を受けるように別の男がゆっくり立ち上がった。
「口でいっても聞いては下さらんようですな。申し訳ないがしばらく気を失ってもらいましょうか!」
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