「チッ! 往生際の悪い野郎だぜ! 死なないだけでも有り難いと思えってんだよな!」
佐々木は舌打ちしながら吐き捨てた。
「俺は誰も俺を救ってくれようとしなかったことを絶対に忘れないからね。おまえら全員を呪ってやるよ。この民宿も、この村も、ここにやってくる人間もすべて呪ってやるから。佐々木、人形の代わりを勤めるのは俺じゃなくておまえだよ。最後に教えてやるよ。おまえは不戦勝で決勝まで勝ち進めたんだよ。俺が試合を辞退したからね」
横山がそう言い終わったかと思うと、意気なり口から血を噴水のように吹き出して全身をばたばたと痙攣させてのた打ち回りはじめた。
な、何だ! 横山、コイツ一体何したんだ? 何で口から血を噴いてんだよ? ま、まさか! おまえ、まさか! 嘘だろっ! そんなわけないよな! そんなことするはずないよな!
佐々木は横山の身に何が起こったのか気づいて愕然とした。
キャー!
婦人の一人が鼓膜を破るほどの高音で悲鳴を上げて、横山の傍から飛び離れた。
「し、舌を噛み切ってる!」
畳がみるみる内に、横山の口から噴き出す夥しい鮮血で黒く染まっていった。
「て、てめぇ!」
泣きながら佐々木が横山に飛び掛かろうとした。しかし次ぎの瞬間、佐々木は背後から強い力でしっかりと羽交い締めにされてしまった。そして透かさず倒され、抵抗する間もなく手足をロープできつく縛られた。
「お友達は死にましたよ」
背後から大沢の父親が佐々木の耳元で優しく囁くように言った。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 絶対に嫌だ! 俺が身代わりだなんて、そんなの絶対に嫌だ!
我を忘れて狂ったように佐々木は暴れた。
「お願いします! 何でもいうことを聞きますから助けて下さい!」
大勢の家族に全身を抑え込まれながら佐々木は泣き叫んだ。
「友達は死んでしまったんです。私たちを救えるのは、もうあなたしかいないじゃありませんか!」
大沢の父親は諭すように言った。
「お願いです! 僕は怪我してるんですよ。傷ついた身体の僕を、こんな薄気味悪い部屋に、人形の代わりに一人で閉じ込めるなんて止めて下さい!」
佐々木は必死に命乞いした。
「あなた一人でこの部屋に閉じ込めたりはしませんよ。私の娘はたった今息を引き取りましたから。娘だけじゃない。他の方々もです」
向井の父親が涙を堪えて、一言一言噛み締めるように言ってその場に崩れ落ちた。抑え込まれながら佐々木は部員たちを見た。
み、皆、死んでしまったんだ。
「誰も救われなかったじゃないか! 皆、死んでしまったんだよっ! だからもう俺が人形の代わりにならなくてもいいだろっ!」
佐々木はもがいた。
「いいえ。あなたにはここで亡くなった私たちの子供たちを、向こう岸まで送ってもらわないといけませんから。そうじゃなければ亡くなった子供たちが本当の意味で救われませんよ」
「何で俺なんだよ。アイツもまだ生きてるじゃねぇか」
佐々木は体力的に抵抗することはできなかった。もう気力も萎えていた。だが、ふと漏れた自分の言葉に生きる望みを見出した。佐々木は血路が残されていたことに気づいた。
俺の他にもいる! もっと頑丈な身体のヤツが! アイツはどこへ行ったんだ? この部屋にはいなかったけど、でも外は土石流の海だ。絶対にこの建物の中にいるはずだ! そうだアイツを差し出せばいいんだ! 写真を写したのはアイツだったんだし。そうだアイツも責任を取る義務があるじゃないか! アイツなら俺を救ってくれるに決まってる! だってアイツは三年生の中でも一番責任感の強い男だから。だから大沢の面倒臭い要望にも応えてやろうと懸命だったんだ。井上ならどんな仕事でもちゃんとやってくれるはずだ!
「い、井上君がいます!」
そう叫んだ瞬間、佐々木を抑え込んだ家族の腕の力が弱まった。佐々木はその一瞬の隙をついて、抑えた腕を振り払って部屋の外に転がり出た。勢いよく部屋を飛び出し、廊下に出たが井上の姿は見えなかった。佐々木が部屋を飛び出した後、すぐに家族の者たちが後を追ってきた。佐々木は人間性を失った家族の姿に心底震え上がった。家族の捕まえようとする腕が伸びてきた。それはまるで写真から伸びてきた亡霊の腕そのものに見えた。そしてもう駄目だっ! と目を閉じた瞬間、足元がふらつき勢いよく階段を転げ落ちてしまった。
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