ドンッ! ドンッ!
無枯荘の束の間の静寂を破って、ハンマーが太い釘を打ち付ける音が響き渡った。
ドンッ! ドンッ!
無枯荘の主人が数人の男に手を借りて、扉が絶対に開かないように先刻取り外したばかりの大きな木板を打ち付けている。
ドンッ! ドンッ!
子供を亡くした親たちは、この憑坐の祀られた真っ暗闇の部屋を我が子の永遠に眠る墓に決めた。
ドンッ! ドンッ!
憑坐が新しく選んだ身体は、頑丈な若い青年の身体だった。どこも痛んでいないその身体は、さぞ憑坐のお気に入りになるだろう。
ドンッ! ドンッ!
新しく憑坐となった身体は、無枯荘の一階の土間で静かに寝息を立てていた。そしてその青年のすぐ傍には、ロープを足首に巻き付けて酷く傷ついた青年の遺体が転がっていた。
ドンッ! ドンッ!
憑坐となった青年は深い眠りに就いていた。数人の男たちに担がれ、部屋に運ばれるあいだも、目を覚ますことはなかった。
ドンッ! ドンッ!
憑坐となった青年の身体を支えるように、ミイラとなって命を落とした者たちの亡骸が寄り添えられた。
ドンッ! ドンッ!
若くして亡くなった仲間たちの霊を向こう岸へと導くために、一人の青年がたった今菩薩となった。
…あ、俺、多分、今起きてんだと思う。
ドンッ! ドンッ!
…しかし、うるせぇなぁ! 壁を激しく打ち付けてる音がやかましくて、それにこの振動で目が覚めちまったじゃないか。しかし、暗ぇなぁ…。目はしっかり開けてんだけど、こう真っ暗じゃあ何も見えやしねぇ。意識ははっきりしてる。それに冷静に物事を考える判断力もある。だから多分起きてるんだと思う。
ドンッ! ドンッ!
…ああ、ったく、うるせぇなぁっ! ここがどこなのかわからないけど、どこかの部屋の中だと思う。風の流れがないってことは密封されてんだろうなぁ…。壁を打ち付ける衝撃で身体が揺れてるよ。どういうわけか俺は正座の姿勢で座布団のような物に座っている。さっきから足が痺れて伸ばしたいんだけど、身体全身をロープのような物でガチガチに固定されてるから伸ばせやしない。
ドンッ! ドンッ!
あ、そういえば、空手をはじめてからずぅーっと帯って物に縛られてきたような気がする。帯の色に気を取られてたというか、黒帯にばかり拘って、空手で本当に学ばなければならないものが何かってことを考えたこともなかったよなぁ…。まあそんなことはどうでもいいんだけど、身体がだるくて死にそうだ。ごろんと倒れて横になれれば少しは楽なんだけど、倒れようにも倒れられないように身体の周りに何かが一杯置かれてるんだ。
ドンッ! ドンッ!
何だろう? 何かゴツゴツした感じもするけど、布のようなもので包まれているものもある。暗くて何も見えないから、何が置かれてるのかわかりゃしねぇ。でもなんか臭ぇなぁ。嫌な匂いだ。生き物のような、もしかしたら何かが腐ってんのかもしれないけど、確かめようにも暗くて確かめらんねぇよ。
ドンッ! ドンッ!
どのくらいのあいだ、ここでこうしてたのかわからない。何故ここでこんな恰好でいるのかもわからないってことは、俺の知らないあいだに誰かにこうされたってことだよなぁ。いつもの俺ならこんなことされたら怒りまくるところだけど、何故かそんな気も起こりやしないや。実に妙な気分だ。まるで他人事のようだ。自分でいて自分でないような。誰かに感覚を乗っ取られた気分だなぁ。本当に今俺はここで何してんだろ? いつまでこうしてりゃいいんだ?
ドンッ! ドンッ!
あっ! 思い出したっ! そういえば二階から民宿のおやじに突き落とされたんだっ! 落ちたときに頭を激しくぶつけたんで、それからの記憶はないけど、気でも失ってたんだろうなぁ。まだ頭に痛さが残ってるってことは、あれは現実だったってことだ。あの後気を失ってるあいだに夢を見た。色々な夢を見たから全部は憶えてないけど、でも一つだけ気になる場面があったなぁ。
ドンッ! ドンッ!
変な夢だった。その場面も頭の痛み同様に痛みを伴った形で憶えてるよ。どういうわけか俺は濡れた地面の上に寝転がってた。夢の中でも俺は眠ってたみたい。夢の中で俺は足首に強烈な痛みを感じて目を覚ました。誰かが足首に爪を立てて握り締めてた。驚くくらい強力な握力だったなぁ。まるで佐々木のようにね。アイツは部員たちの中では一番握力が強かった。俺は夢の中で佐々木に握り締められたらこんな感じなんだろうなぁって、冷静に考えることができてたなぁ。それから足首を握ってるヤツを確かめてやろうと思ったんだけど。夢の中だったからだと思うけど、イメージした通りになってたな。俺の足首を握り締めてたのは佐々木だった。
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