ドンッ! ドンッ!
俺は佐々木に痛いから放してくれよっていった。でもアイツは放してくれなかった。それどころか、更に力を入れてきた。奇妙だったねぇ。まるで俺を掴んで逃がさないぞ! って感じだった。夢の中では親しい人間が鬼の形相で現れて、驚かされることがあるけど、そのときの佐々木の顔もそうだったな。全身に血のような物を浴びて、顔には泥がついてた。更に不気味だったのは顔を地面で激しく擦りつけたんだろうね、酷く擦り剥いでたんだ。痛々しかったなぁ。
ドンッ! ドンッ!
その顔を見たときにふと思ったよ。あれっ? この場面前にもどこかで見たぞって。そして思い出したんだ。ああ、そうだ前にこんな夢を見たわってね。あのときはもっと凄い顔だったけど、今度はまともに見ても耐えれるほどだったから良かったよ。俺は以前見た夢と他に同じところはないかなと思いながら、間違い探しをするように辺りを一つ一つチェックしていったんだ。
ドンッ! ドンッ!
すると一つだけ強烈にインパクトに残ってた物が、今度もあることに気づいたんだ。本当に驚きだった。まさかそんな物まで一緒だなんて止してくれよって思ったよ。そのとき前見た夢での場面を思い出して、背筋がゾクッてしたのを憶えてる。佐々木の足首にはロープが巻きついていたんだ。以前夢で見たときは太いロープだったけど、今度の夢では太くはなかったんだ。せいぜい直径1センチってとこかな。俺はロープがどこから伸びてんのか目で追った。するとそれは二階につづいてて、ピンッ!と張ってたよ。
ドンッ! ドンッ!
俺はじっとロープの先を見てた。前に見た夢では誰かが引っ張ってたからね。また誰かが引っ張るんじゃないかと思って怖かったんだ。でも、ロープが引っ張られることはなかった。俺は助かったぁってホッと胸を撫で下ろしたよ。相変わらず足は痛かった。いつまで経っても、佐々木は俺の足を握り締めたままで放してはくれなかったからね。あの痛さは実にリアルだったなぁ。まるで夢じゃなくて現実のようにさえ感じられたもの。あまりにも痛かったから、泣いて放してくれって頼んだんだ。でも佐々木は一向に力を緩めなかった。俺は何故足を放してくれないのか不思議に思い、訊ねたんだ。するとアイツは奇怪しなことをいってきたよ。
「俺を救ってくれ!」
ドンッ! ドンッ!
蚊の鳴くような声って、ああいうのかもしれないけど、本当に力ない囀りだった。俺には佐々木のいってる意味がよくわからなかった。救ってくれって何だよ? アイツが俺に助けを求めるなんて、知り合って2年半になるけど一度もなかったことだからね。俺はよく佐々木に助けを求めてたけど。試験にレポート、出席に高賃金のアルバイト、他にも沢山だ。いつもアイツには世話になってたから、「いいよ!」って応えてやった。すると一瞬笑顔を見せたかと思うと、アイツは口から大量の血を吐いて動かなくなった。
ドンッ! ドンッ!
夢とはいえ焦ったね。おいおいどうしたんだ! って。俺は怖くなって佐々木を足で押して揺らしたんだ。アイツはぐったりして、息はもうしてなかったな。見開いた目が嫌だった。焦点が定まらず、瞳には微かな光が反射してたけど完全に死人の目になってたもの。
ドンッ! ドンッ!
夢の中でのこととはいえ、人が死んでいく瞬間を見たのはこれで二度目だった。一度目はお祓いに失敗して丸焦げになった坊さん。夢の中で人が亡くなる場面に遭遇したってことは、多分、俺は意識してなかったけど見殺しにしたあの坊さんのことが相当根深く心の中で気になってたんだと思う。それは罪の意識かもしれないけど。言葉に表しようのない複雑な心のうねりを感じた。夢の中で佐々木が死んだことで、俺はもう独りなんだよって誰かに耳元で囁かれたように思えて怖かったな。
ドンッ! ドンッ!
俺は夢だから足で蹴っ飛ばしてりゃまた生き返るんじゃないかと思ったんだ。だから思いっきり何度もアイツの顔面を蹴り倒したよ。実にリアルな感触だった。本当に蹴ってる抵抗感を感じられたからね。蹴りを放てば佐々木は鈍い音を立ててグニャリとなり、俺の蹴り足にも佐々木に触れた抵抗と同時に痛さも神経を伝わってきたんだ。さっきは足首を掴んでるのは佐々木だと思ったら本当にイメージどおり佐々木が現れたのに、今度は生き返ると思っても全然動いてくれなかったんだ。その代わりにアイツの顔がグチャグチャに潰れたよ。目の玉が飛び出してきたときは、ほんと吐きそうになった。
ドンッ! ドンッ!
佐々木の口から流れ出した血は、地面を濡らした液体と混ざっていった。夢だったけど、死んだ佐々木が可哀相に思えた。アイツは救ってくれっていったけど、俺はアイツの何を救ってやればよかったのかわからなかったからね。何も説明しないままに、アイツは死んでしまったんだ。理由を聞かないのに、救うってのはやっぱ無理だよな…。横山のように、俺にはいい加減な約束はできないよ。でも俺は佐々木に約束してしまった。
ドンッ! ドンッ!
あの不気味な村で嫌な体験したもんだから、約束ってものに敏感になってたんだと思うよ。横山が余計な約束をしたばっかりに、俺たちはしなくてもいい嫌なことを経験しちまったんだもんね。夢の中で死んだ佐々木の横で、俺は天井を見つめた状態でそのまま横になってたんだ。強く打ちつけた頭が痛かった。それ以上に佐々木に爪を立てられた足首に、アイツの吐いた血が染みて痛かったなぁ。俺は夢の中でまた眠りに就こうとしていたんだ。疲れてたから、夢の中でも眠っていたかったんだと思う。でもすぐには眠りに就けなかった。瞼を閉じて静かに横たわっている俺の周りで、何かがざわついてたからうるさくて眠れなかったんだ。
ドンッ! ドンッ!
誰かがうろうろしてるみたいだったから目を開けた。すると俺を大勢の人が取り囲んで見下ろしてたんだ。驚いたな。マジでビックリしたよ。それ以上になんか恥ずかしかったけどね。俺を見つめてる人たちの目が、好奇に満ちてたから余計に嫌な感じを受けた。俺は頬が熱るのを感じた。多分相当真っ赤になってたんだろうなぁ。あまりにもジロジロと物珍しそうに見つめるものだから、ちょっと失礼な感じもしたけどね。最初は全然知らない人たちだと思ってたけど、よく見ると最近知った人たちだってことに気づいたよ。俺を見下ろしてる人の中には、昔憧れてた人の顔もあったからね。それがわかるとなんか親近感を覚えて安心できたなぁ。すぐに部員たちの親たちだってわかったよ。
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