精神的に追い込まれたおれが、藁にも縋る想いで助けを求めたのは、有名な霊能者の先生だった。
相原龍光先生。数年前からテレビの怪奇番組に出演し、今に至る怪奇ブームの火点け役となった霊能者の代名詞的存在だ。そんな龍光先生との出逢いを作ってくれたのが担任の佐川で、おれが最初に悩みを打ち明けたのも佐川だった。
佐川は現国の教師で五四歳。厳しい印象しかなかった。何年か前に一人息子を亡くし、それ以来一切の感情を殺してしまったらしい。
勿論、そんな無感情な人間に、おれから心を開いて悩みを打ち明けたわけじゃない。日に日に痩せ衰えていくおれを心配して、家庭訪問したのがきっかけだった。
佐川がおれのことを心配してくれていただなんて意外だった。
初めのうちはおれも恥ずかしさが邪魔して、悩みを素直に打ち明けられなかった。でも、涙を溜めた悲しい目でおれをじっと見つめる佐川に心が動かされたんだ。
おれは恐かった。
ずっとずっと恐くて恐くて堪らなかった。
「白石、君も中田を苛めていたんだな」
佐川の低く野太い声がしんとしたおれの部屋に響き渡った。
おれは心臓に焼けたナイフで突き刺されたような激しい痛みを覚えた。手足はいつの間にか震えだし、首筋が硬直して筋肉が引き千切れそうな激痛が走る。
「中田が亡くなってから山下、森、関の三人が相次いで自殺した。中田が亡くなったとき、先生な、彼の御両親から遺書を見せて頂いたんだ。そこには短く、『死にたくないけど、死なないともう駄目だ』って、そう書かれていたんだ。
先生、昔一人息子を亡くしてね。もう一二年も前のことだ。今年はその子の一三回忌なんだ。先生の息子は丁度白石、君と同じ歳で亡くなったよ。苛めを苦にした自殺でね。
先生、教師という立場からか、息子そっち退けで受け持った生徒のことばかり考えててな。全然我が子のことを構ってやろうとしなかったんだ。息子のこと、家のことはすべて家内に任せっぱなしだった。
先生、自分の子供が苛めにあってるなんて考えてもしなかったんだ。苛められてた事実を知ったのは遺書でだった。
息子が亡くなったとき、先生は今君にこうしてるように、クラスで苛めにあって登校拒否してる生徒を家庭訪問しててな。進路のことや色々なことを話してたんだ。
訪問を終えて帰宅したのは夜の一〇時をとっくに過ぎてたな。部屋の明かりは消えて真っ暗で、玄関の鍵がかかってたんだ。そのとき先生、いつもと違うってことに気づいたものの、そのことを深く考えようとはしなかったんだ。家内が息子と外に食事にでも出てるのだろう、その程度にしか思わなかったんだ。先生、朝が早いから、その日は家内と息子が帰ってくる前に眠ったんだよ。
翌日、朝早く電話で起こされてね。家内からだった。時計を見ると五時だったかな。そのとき家内と息子がまだ帰宅していないことに、つい声を荒げて叱ってしまったんだよな……。
『行き先も告げずに、今までどこをうろうろしてたんだ!』って。
不思議なことに、電話の向こうの家内は静かでね。息子が亡くなったって聞き取り難い小さな声で呟いたんだ。
先生、てっきり家内の冗談だと思い、余計に頭にきてね……。家内は何度も何度も息子が亡くなったって言いつづけてたな……。
信じられなかった。息子が亡くなっただなんて。
先生が病院に駆けつけたときは息子はもう息をしてなかったよ。本当だったんだ。家内が言ったことは。
そのときは先生、狂ったように病院や警察の方々に悪態吐いてね。息をしない息子の傍で暴れまくって、その場にいた数人に取り押さえられた透きに、お医者さんに注射されてね。目が覚めたときは病院のベッドにいたんだ。ベッドの脇には家内がうなだれた姿勢でパイプ椅子に腰掛けてた……。
家に帰ってからも、息子が死んだ事実を受け止めることができなくてね。普段入ったことのない息子の部屋で、家内と二人で長い時間無言のままずっといたんだ。
どれくらいかして、家内が机の引き出しから息子の遺書を見つけてね。目を通しいくうちに涙がぽろぽろぽろぽろ零れたよ。
遺書にはね、こんなようなことが書いてあったんだ。
『ぼくは学校で苛められています。なのに先生も、父も、母も気づいてくれませんでした。クラスの皆んなは知っているのに。
学校を辞めたい。でもぼくを苛める奴等は、ぼくが退学することを許してはくれません。高校教師の父さんも退学は許してくれないと思います。
学校をズル休みしても、翌日学校に行くと奴等にどうして勝手に休んだんだと殴られます。ここにいたら、ぼくは奴等から逃げられません。だから死んで奴等のいないところに行きます。ぼくが死んで行く世界までは、奴等も追いかけてはこないと思います。
ぼくは死にます。ごめんなさい。ぼくを苛めたのは奴等です。でも本当はぼくが苛められてるのを、見て見ぬふりをしていたクラス全員なのかもしれません。それと苛めがないと思い込んでいた先生もそうです。
奴等は先生の前では、ぼくと仲が良い友達のふりをしていました。先生の目は節穴です。何も見えていないんです。多分、教師の父さんもそうだと思います。ごめんなさい』
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