「えっ、ちょっと待て。中田が彼らよりも強いと言ったのは山下の嘘で、そんな噂はなかったんだろ」
「そうですよ」
「なのにどうして他の生徒たちが」
「先生、山下は中田以外のクラス全員に嘘を流してたんですよ。
試合は勿論二人の圧勝に終わりました」
「そのころ中田が一週間程学校を休んだことがあったが。まさか」
「試合が終わって皆んな帰った後も、中田は屋上でぶっ倒れてたんじゃないでしょうか。あいつが休んだのは風邪ってことになってましたよね。でも本当は打撲の激しい痛みに、朝から晩まで唸ってたんだと思います。
一週間後、中田が登校してきたとき、山下が言いました。
『おい、中田! おまえバカじゃない? 森と関に勝てないのに、おれの方が強いだなんてぬかすんじゃねーよ』って。
中田は悔しそうにじっと山下を睨んでました。あのときの顔は今でもはっきり憶えてます。山下は嫌みっぽい笑顔を作ってました。確かそのとき初めて言ったと思います。
山下、おれたちに、
『おれたちはいつまでも仲間なんだ。いつまでもずっとおれたちは仲間なんだぞ』って。
それからは強調しておれたちに仲間、仲間って言うようになりました。特に中田の前では異常な感じでです。
山下はジムに通ったお陰で体力的にも強くなりました。もう十分に中田のオモチャじゃなくなってたんです。おれは日に日に変っていく山下が、正直不気味でなりませんでした。
山下は上手い具合に森と関をおだてて、ボディーガードみたいなことをさせてましたからね。別に媚を売ってたわけじゃないんです。あの二人も山下の誉め言葉が嬉しかったんじゃないでしょうか。
夏休みになるころには、もう完全に二人は山下の家来になってましたよ。クラスのほとんどがそう思ってたと思います。森も関も、山下のパシリで、何でも山下の言いなり。山下は完全に優位に立って命令口調でした。
おれは嫌でした。山下の命令口調が。それとあの二人が山下の言いなりになっているのを見るのも嫌だった。腹立たしいものをいつも感じてました。山下は益々調子に乗っていきました。もう誰にも止められなかったんです。
中田は試合に負けたことで、クラス全員から無視されていきました。おれも無視しました。でもほんとは無視する理由なんてなかったんです。
先生は知らないと思いますが、うちのクラスでは、あの試合以降山下が法律になっていたんです。森と関が完全に山下のボディーガードになったころから。
山下が気に入らないものは絶対的にノー!でした。山下は中田を露骨に笑い者して、見るに耐えないこともよくやってました。中田を晒し者にすることで、あいつはクラスメイトたちから注目を浴びたかったんですよ。
森と関はどうかしてましたね。山下が喜ぶことなら何だってやりましたから。おれは恐かった。このままどこまで過激になるのか、それを考えると恐くて恐くて堪らなかったんです。
夏休みには、おれたちは朝早くから山下の家に呼び出されました。別に用もないのに、でも行くと小遣いくれたんです。おれたちは小遣い欲しさに行ってたんです。
山下は金でおれたちを雇う必要がありました。そうしなければいけないちゃんとした理由があったんです。山下は怯えてましたからね」
「何に怯えてたんだ?」
「まだ中田を恐れてたんですよ」
「報復されるんじゃないかと?」
「はい。夏休みのあいだ、森と関が近くにいないことをいいことに、中田が家に仕返しにくるのを死ぬほど警戒してました。やつらの家はあまり離れてなかったんです。だから異常なくらいあいつは中田を警戒してました。
でも……。
中田は山下を恐れてたから、仕返しされることはなかったんです。
山下は中田があいつを恐れてることに気づいてませんでした。だから、たまに夜中に公園に呼び出しては、森と関と三人で中田がぐったりするまで殴る蹴るして痛めつけてたんです。
逃げないように森と関が中田の両腕を抑えて立たせて、おれは山下にやれと言われても絶対にしなかった。おれは見てただけなんです。山下は命令を聞かないおれのことが気に食わなかったんじゃないかな。
でもおれには文句は言いませんでした。おれが山下から離れると、あの二人も離れると思ったからじゃないでしょうか。だから山下は何となくだけど、おれに気を遣ってたように思うんです。おれたちが山下から離れると中田に仕返しされるという被害妄想は、いつもあいつを苦しめてましたから。
でも、今も話しましたけど山下が孤立したところで、中田には以前のように山下を苛めるパワーなんてもうなかったと思います。中田はもう完全に廃人だったから。
中田が廃人だなんて気づかなかったでしょ?」
「全くそんな様子は感じられなかった」
「でしょうね」
「と言うと」
「山下は脅してました。先生の前、親の前では普通の人間でいろよって。もしバレたら、森と関に半殺しにしてもらうからなって。よく言ってましたよ。中田は毎日、生きた心地はしなかっただろうな……。
でも、……それは山下が中学のころ、中田に毎日されてたことですからね。中田も余計に抵抗できなかったんじゃないかな」
「私は息子の遺言を何も生かしてやれなかったんだな……」
「苛めは絶対にバレないようにします。山下は自分が苛められてたでしょ。だから、今度苛める立場に逆転したときは余計に注意を払って、絶対にバレないように徹底したんですよ。山下は苛める側と苛められる側の両方を知ってましたからね。
あいつは先生の前ではどちらかというと弱い立場の人間を演じてました。その方が何かと都合が良かったんです。おれはそんな山下を見てムカツクことがよくありました。
中田が自殺した日、知らせを受けた山下はほっとした様子でした。
もうこれで中田から完全に解放されましたからね。でも、ほっとしたのは山下、あいつ一人だけだったんです。
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