「でも、山下が死んだ理由はわからないけど、関と森なら」
「あの二人も遺書を残していないんだ。二人は君に何て言ったんだ?」
「山下が死んでからというもの、二人はいつもビクビクしてました。
全然落ち着きがなく、キョロキョロ辺りに目を配ってばかりで。それは三人で山下に内緒で学校を休んだとき、病院で山下が現れるんじゃないかと警戒してたときと全く同じ、いや、それ以上だった。
二人は山下が自殺したのは、中田の祟りだと信じてました。
でも、そう考えてたのはあの二人だけじゃなく、クラス全員、それに先生もそうじゃないですか?」
「そういう考えはしたくないが、亡くなった場所が場所だけにな……。
君の言うようなことを考えたよ」
「そうですね……。
中田が死んだ踏み切りであいつも死んだ。
それに死んだ理由がわからないから、余計に変な憶測が働きました。二人は一時は山下を殺すつもりでいましたからね。かなり焦ってました」
「焦る?」
「はい。自分たちも殺されるんじゃないかって」
「中田にか?」
「はい。
山下は中田に殺された。
山下は自殺じゃないと皆んな考えてました。
中田が成仏できずにまだこの世にいて、怨みをはらそうと山下に同じ苦しみを与えたんだと。
と言っても、死ぬことが苦しみなのかどうかわかりませんが。
中田が死んで一月後に山下が死にました。山下が死んで二週間後に、今度は森が死んだんです。
森は山下が死んだころから、気持ちの悪い夢を見ると言ってました。夢を見るのが嫌だから、寝ないように注意してるって」
「どんな夢を見てたのか聞いてないか?」
「中田の夢です」
「中田の……?
いつも中田の祟りを気にしてたからだろうか」
「さあ……。森は中田を苛めてる夢を毎日見るようになったんです」
「森が、中田を、苛めてるのか?」
「そうです。中田を苛めてる夢です」
「そうか……?
いや、先生はてっきり、中田に森が苛められてる夢だと思ったが」
「おれも最初中田の夢を見るって聞いたときは、今先生が言ったようなことを考えました。
でもそうじゃなかったんですよね……。
夢の中で、森は関と山下とおれの四人で中田を取り囲んで、殴ったり蹴ったりしてたそうです。中田は何も抵抗しないし、おれたちを払い退けてその場から逃げ出そうともしなかったそうです。生前、中田が生きてたときそんなことは日常茶飯事でした。
でも、おれは一度だって中田に手を出したことはなかったんです。
おれは中田を取り囲む壁にだってなったことはなかった。
やったのは山下、森、関の三人なんです。
なのに森の夢は、おれまであいつらと同じようにやってたんです。森からその話を聞いたときはショックでした。
おれは、自分では中田を苛めてる意識は毛頭なかったのに。
でも、森はおれも中田を苛めてる仲間の一人だと思ってたんですよ。だからそんな夢におれが出てきたんです。多分、森だけじゃない。関も山下も、おれも中田苛めの仲間の一人だと思ってたんでしょうね。
中田もそうだったみたいだし」
「中田の遺書には山下、森、関、そして白石、君の名前もちゃんとあった」
「おれは弁解してるわけじゃないんです。
でも本当におれは中田を苛めてるつもりはなかったんです。
山下たちが中田を殴る蹴るしてたとき、おれは心の中で中田に詫びてたんです。おれは中田を苛める理由なんて何もなかったんです。すべては山下、あいつが悪いんです!」
「君の気持ちはよくわかってる。亡くなった中田もちゃんと君の気持ちはわかってくれてるはずだ。だから君はもう自分を責めることはない。
ちゃんと中田はわかってくれてるんだから」
「そうでしょうか?」
「ああ。先生も息子を苛めで亡くしてるからな……。わかるよ。
息子が亡くなった後、苛めグループがね、息子に御線香をあげにきてくれたんだ。
先生、彼らが訪ねてきたときはまだ怒りが治まりきらないでいたから、追い返そうとしたんだけどな。グループ全員深く反省してて、玄関口で涙流しながら詫びてくれてね。その姿を見てるうちに許せるかもしれないと思ったんだ。
その後毎年息子の命日には御墓参りしてくれるようになってね。帰りには必ず家に寄ってくようになったんだ。彼らを見てると、先生な、なんだか妙な気分になってな」
「息子さんを殺した連中と、普通に付き合いができるようになったことにですか?」
「うん、まあそれもあるけど。毎年御墓参りを欠かさない彼らを見てるとね、息子は生前こそ彼らに苛められていたけど、死んだ今は彼らに供養されてる。
死人を本当に供養できるのは、その死人を傷つけた人間なんじゃないかってね。そう思うと私は本当の意味では息子を供養できてないのかもしれないと思ったんだよ。
先生はただ息子が死んだことを悲しむだけだったけど、死者に対する気持ちは結局のところそれだけに留めていたんじゃないのかって。悔しさ、無念さ、悲しみ、絶望といった暗いもので、死後の息子を縛り付けていただけなんじゃないのかと思えてな。
そんな私なんかよりも、息子を死なせたグループの子たちの方が、よっぽど息子の未来を明るく見てくれてたんじゃないかと思うんだ。
彼らは息子を背負って、同世代の人間として生きようとしてくれてるんだからね」
「息子さんは亡くなられて、苛めてた奴等に仕返ししてるんじゃあ……」
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