有名な霊能者の先生がこんなに近くにいるのに、おれの身体は山下の見えない亡霊に怯えて震えだしていた。
おれは山下に慕われてるつもりはなかったのに……。
あいつはそう思ってなかったのか!
「ぼ、ぼくも山下君に引きずり込まれてしまうんですか……」
「山下さんと言うよりも。白石さんの場合は森さんと関さんでしょうか」
おれは一瞬耳を疑った。
な、なぜ森と関がおれを……。
「どうしてあの二人が……」
「この御二人は白石さん、あなたに救いを求めてらっしゃるんですよ」
おれは現実を受け留められなかった。森と関がおれに救いを求めて、あの世に引きずり込もうとしてるなんて……。
そんなこと絶対に信じたくなかった。
「ぼ、ぼくはもう助からないんですね……」
おれの声は自分でも聞き取り難いくらい、
小さくて微かだった。
「何も処置を施さなければ、白石さんも、……そうですね」
「どうすればいいんでしょう!
ぼく、まだ死にたくないんです。あいつらと同じような死に方はしたくないんです。お願いします! 龍光先生! 一生のお願いです。ぼくをあの三人から守ってください!」
おれは泣きながら震える声で、龍光先生にすがり付いて命乞いした。先生はそんなおれを軽く払うよに「はいはい」と言ってくれた。
「ありがとうございます!」
おれは土下座して何度も何度もお礼を言った。
「ちゃんとね、除霊すれば大丈夫ですからね。何もそんなに泣かなくてもいいんですよ」
先生は泣き喚くおれを、優しく笑顔で励ましてくれた。
「ありがとうございます。先生はぼくの命の恩人です」
「では早速はじめましょうか。何も怖がらなくていいですからね。すぐ終わりますから」
先生はそう言うと、おれに合掌して正座して床に座るよう指示した。おれは先生の指示に従った。そして、「軽く目を閉じててくださいね」と優しい声がしておれは目を閉じた。
次の瞬間、不思議な感覚が全身に広がっていった。
おれは眠っていたんだろうか?龍光先生に肩をポンと叩かれて目を覚ましたけど、やっぱり眠っていたのだろうか?
除霊を受けてたのかどうかよく憶えていない。
これでもう無事なんだろうか?
ちょっと不安だ。
「目が覚めましたね」
先生がまた優しく微笑んだ。
「あ、はい。
あのぉ、ぼくは眠ってたんでしょうか? 何も憶えてないんです」
先生は相変わらず笑顔だった。
「私の除霊を受けられる方は、皆さんそうおっしゃるんです。白石さんのようにね、除霊のあいだ、眠りに就いた状態になられるんですよ。意識を眠らさないと霊界まで力が届きませんからね。フフフ」
「本当にありがとうございました。これでもう安心していいんですよね」
「今日のところはこれで大丈夫。後数回除霊を行えば完全に御友達の霊は寄ってきませんからね。安心してください!」
そう言うと先生は時計に目をやった。なんだか急いでいる様子で、時間を気にしながらお付きの人を部屋に呼び入れた。
一度の除霊では完全にあの三人の霊を追い払うことはできなかったようだ。ちょっと不安が残ったけど、後数回除霊を行えばあの三人からは解放されるんだ。それがわかっただけでも良かった。
「次回の除霊は来週、ここで今日と同じ時間ということで宜しいですか」
「はい」
おれは一週間後が待ちどうしかった。できればこの後ぶっつづけでも良かったのにと欲張ったことを考えたけど、先生の都合もあることだから素直に了解した。
「では御会計はこの者にお支払いしてください。私はこれからテレビの仕事がありますのでお先に失礼します」
「本当にありがとうございました!御忙しいところすみませんでした。
先生! 今回は御幾らお支払いすればいいんでしょう?」
急いで部屋を出ようとした龍光先生を引き止めて訊ねた。除霊を終えたおれの声には不安が薄れ、どことなく弾んで聞こえた。
「五〇万です」
「ええ! ご、五〇万! そんなにかかるんですかぁ!」
おれは愕然としてしまった。
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