佐川は一回三千円でみて頂いたと言った。それくらいなら、おれにでも何とかなると思った。だから三千円を包んで用意しておいたのに……。
50万なんて大金が16のおれにすぐに用意できるわけないよ。
ぐずぐずしているおれに龍光先生の表情がみるみる曇っていった。
「こちらも命懸けで挑んでますからねぇ。それなりの金額は頂きませんと」
「佐川先生が三千円でいいって言いましたよ。それで大丈夫だって。龍光先生は人助けが御仕事だから、それ以上の金額は受け取らないし、お金のない人からは絶対に受け取らないよって。だから今日は三千円しか持ってきませんでした。
龍光先生は佐川先生と親しいんですよね?」
「佐川先生…?はて、何方でしょう? 私は存じ上げませんが」
全身に震えが走った。
嘘だ!
龍光先生はおれをちょっとからかっているんだよ。
「佐川先生が今日の予約を取り付けてくれたんですよね!」
おれは震える声で訊ねた。
「いいえ。佐川さんではなく、白石さんあなた御自身からと聞いておりますが。予約して頂いた際、ちゃんと一回の除霊の金額もお伝えしておいたはずですよ。私は必ず本人の了解を得た上でないと、相談は受けませんから。
ま、兎に角、私は急ぎますのでお支払いはその者にお願いします。では」
龍光先生は走って去っていった。部屋にはおれとヤクザ風の屈強な体格のお付きの男だけが残った。
そ、そんな…。
これが現実というものなのか。
おれは佐川に嵌められたんだ。あいつは苛めっ子を許したりはしなかったんだよ。
やっぱり、あいつも人間だよな。
教師以前に普通の父親だったんだ。
さっさと自殺しないおれに苛々してたに違いない。だからあの日わざわざ家になんかきたんだ。
山下、森、関の不可解な死。あれは全部佐川が裏で操作してたんじゃないか?
息子を自殺に追い込んだ苛めっ子たちの人生を縛ってたのは、亡くなった息子じゃない。佐川、あの無感情な男だったんだ。
やられた。
まさかな…、信頼してたのに。
おれに心を開いてくれたから、だから余計に信頼できると思ったのに。佐川は最初からおれを殺すつもりだったんだ。
50万なんて大金、おれには絶対に無理だ。親に頼んだところで、うちにそんな大金がないのは知っている。除霊の度に50万用意しなければいけないなんて…。
完全に除霊しなきゃ、あいつらにあの世に引きずりこまれてしまうのかよ。
生きてたって、おれは佐川に死ぬまで追いかけられるんだろうな。
畜生! こんなことなら除霊なんかしないで、あの三人に素直にあの世に引きずり込まれる方がまだましだったんじねーのか。
おれは苛めっ子のつもりじゃなかったのに、中田、山下、森、関はおれを苛めっ子だと思っていたんだもんな。
佐川もそう。おれを責めないって優しく言っておきながら、ほんとは早く死んでもらいたかったんだもんな。おれは誰も苛めたくなかったのにぃ!
次の瞬間、おれがとった行動は衝動的というか、自分でも一体何を考えているのかわからなかった。自分の行動に疑問を持つゆとりはなかった。ただただ何もかもが嫌になり、おれ自身の存在すらも嫌でしょうがなかった。今まさに自分の身に起きていること。それを冷静に見つめられたときにはもう…。
おれは窓ガラスをぶち破って外に飛び出していた。
15階から地面に叩き付けられるまで、恐らく何秒もかからないだろう。おれはこんな世の中に生きることに絶望した。だから死ぬことにした。落ちながらふと思った。
おれはもうすぐ死ぬけど、人助けが仕事の龍光先生は立場ないだろうなぁ…。
そう思ったとき、何故かワクワク思え引きつった頬に笑みが浮かんだような気がした。
おれより先に外に舞い落ちた窓ガラスの破片が甲高い音を立ててアスファルトに砕けた。次の瞬間、
ッパーンッ! グチャッ
了
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