電話は坂上からだった。
「ああ、もしもし。山路。おまえ、愛ちゃんと別れたんだって」
「愛ちゃん?」
愛ちゃんって、どの愛ちゃんだ?
坂上の不躾な問いに俺は頭を捻った。俺は数人の愛ちゃんに心当たりがある。しかし、「別れた」と訊かれるそんな付き合いの愛ちゃんはいなかった。
夜中、そろそろ寝ようというとき、電話を寄越してきた坂上は大学の頃からの友人だ。最近、蒲田で彼女と同棲をはじめた。彼女は俺たちよりも四つ下の21歳。中古車販売会社で事務員をしてるそうだ。
坂上は俺と違い大学四年になっても就職活動をしなかった。定職に就かず、フリーターとして、その日その時の気分で仕事を探して生きている。俺は平凡な銀行員。勤め先は自由が丘にあり、大岡山のアパートで一人暮らしだ。
坂上からの電話は珍しくない。でも夜遅くにかかってきたことはなかった。学生の頃は毎日のように逢っていた。あの頃は電話はしなかったと思う。社会人になってからの方が、電話やメールの回数は多くなった。多いと言っても、せいぜい月に一、二度あるかないかで、彼に彼女ができてからは先月の初めにコンパで逢ったのが最後だった。
俺は電話に耳を傾けた。
「新しい女、できたのか?」
坂上が突然意味不明な事を訊いてきた。
新しい女って、何だそれ?
自分に彼女ができたからって、当てつけでそんなこと言ってんのか?
「香織から聞いたぞ」
何を?
坂上は恋人の木下香織から俺について何やら聞いているらしい。
ということは、愛ちゃんって、香織の知ってる人ってことか。でも、俺は香織の知り合いの愛ちゃんなんて知らない。
「あのなぁ、愛ちゃん、おまえのこと怨んでるみたいだぞ」
どうして俺がその未知の愛ちゃんから怨まれなきゃなんないんだ?
俺は怪訝に思った。坂上の一方的な話がさっぱり理解できない。
「香織曰く、『わたしは一生、敬一を呪ってやる!』って。愛ちゃん、泣きながらそう言ったんだって」
流石にここまで聞いて、黙って聞いていた俺も言わずにはいられなくなった。
「おい! 何で俺が誰だかわからない愛ちゃんに、一生呪われなきゃなんないんだ!」
「なんかなぁ…、自殺未遂したとかしないとか」
「ええ! その愛ちゃって人がか?」
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