「ところで、山路」
坂上の声に俺は意識を取り戻した。
「な、何」
「何でそんなこと俺になんか訊くんだ?」
「身に覚えのない愛ちゃんとの出逢いを知りたくて」
俺は躊躇いもなく答えた。
「何言ってんの? なんかそれ、愛ちゃん、まるで幽霊扱いだな」
確かにそうだ。実際俺はキツネに摘ままれた感触に恐怖しているのだから。
「突然電話で愛ちゃんの話されたんだからな。愛ちゃんでも幽霊でも同じことだ」
「おいおい、そんなこと愛ちゃんに知れたら、おまえ本当に呪い殺されるぞ」
親友とまではいかないが、とりあえず友人の坂上は俺の身を案じて、心配なんかしてくれてるみたいだ。が、俺にしてみれば余計なお世話だ。
「いや、その心配はない。愛ちゃんは勘違いしてるみたいだからな。俺と他の誰かと」
「勘違いだなんて、愛ちゃんに失礼だぞ。愛ちゃん、本気でおまえのこと好きだったのに。やっぱそうか。おまえはただの遊びだったんだな」
と、とんでもない!
遊びも何も、俺はその愛ちゃんなんて記憶にないんだぞ! だから当然付き合ってた訳ないだろ!
と、声に出して言いたかったが、また訳のわからない返答がくるのを恐れて何も言わないでいた。
「あの席で隣りにいた愛ちゃんと話してたじゃないか。初めて逢った二人なのに、俺にはもう随分前からの知り合いのように見えてたぞ。なんかおまえら二人の間には良い雰囲気が漂ってた」
うっ、寒っ!
俺と愛ちゃんを一まとめにしておまえら二人と言われるのに、強い抵抗を感じて肘から先の腕に鳥肌が一斉に立った。
コンパの席で俺の隣りに座ってずっと話していた女。その人が人騒がせな愛ちゃんってことか…。俺は記憶を辿った。
あの日の光景が薄っすらと見え隠れしはじめたときだった。突然或る女の顔がクリアヴィジョンで鮮明に霧の掛かった脳裏に現れた。
「ええ! ま、まさか、愛ちゃんって、あの人のことかーっ!」
悲鳴を上げて、俺はその場に膝から崩れ落ちそうになった。
「ああ、め、目眩が」
心臓に杭を打ち込まれたような激痛が走った。なんてこった!
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