都市伝説

【この感動を伝えたい】 その⑭ 八木商店著

「外国人作家のコーナーの前に立ったときです。グリムの白雪姫を見つけました。私は透かさずそれを手にとって、ついでだと思いもう一冊買ってみることにしたんです。それは当時の私には聞き覚えのない作品でした。私はその本を棚から引っ張り出して、二冊持ってレジに向かったんです」

「御購入されたその一冊が不思議な本なわけですね!」

俺は興奮している花田さんをしかとした。

「病室に戻ると早速読みはじめました。白雪姫は内容がわかってたから、後で読んでもいいだろうと思い、もう一方から読み進めることにしたんです。3ページ目に差し掛かったとき、私は過去の記録を塗り替えたことに大きな喜びを覚えました。そしてこの調子で記録更新を図ろうと、どんどん読み進めていったんです。不思議なことに読んでいる間、全く嫌気が差しませんでした。物語の中にぐいぐい引きずり込まれていったんです。しかし」

「しかし!」

「しかし読むページが進むに連れて、或る大きな疑問が横たわってきたのも事実でした」

「疑問、ですか?」

「ええ。疑問です。それは童話にしてはかなりヘビーな内容じゃないかって。こんな童話は子供の頃にも聞いたことがないってね。でも、まあ童話の原作本は皆んなこんなもんだろうと思い、最後のページに向かって読み進めていったんです。読んでいる間は寝食を忘れることができました。友人たちが誘いにきても、読み終わるまでは駄目と断っていたくらいです」

「私もそういうことよくあります。一気に読まないと読んだ気がしないんですよね」

その時になって俺は初めて花田さんの方に視線を向けて微笑んで見せた。が、その動作に深い意味はなかった。けど、変に誤解されたんじゃないかと思い、すぐに真面目な顔に戻した。

「兎に角読み進めました。ページが進むに連れ、どんどん本の中の世界に入っていくのが楽しかったんです。そして遂に読み終わったとき、強烈な衝撃を心に受け、単純に思いましたよ。感動した! って。私の人生観、特に女性に対する見方や、恋愛に対する諸々は、この一冊で変わったと思います。その後、私は新たな衝撃と感動を求めて、次々に名作を読み漁りました。しかし、あの本を超える作品にはまだお目にかかったてません」

「ところで疑問は解消されたんですか?」

「ええ。私の疑問が解消されたのは、読み終わってしばらくしてからです。その本は童話じゃなかったんですよ。恋愛小説でした。私は本屋で見つけたときは、そんなこと全然知らなかった。ついでにその本が名作だったことも知りませんでした。

私は友人たちにその本を読ませました。感動を伝えたかったから、ただそれだけのために嘘を吐いたんです。恋人募集中の人には、この本を読み終わる頃には必ず彼氏、彼女が現れてるはずだと大法螺を吹きました」

そのとき、花田さんの荒い鼻息が坂上の演説の声よりも大きく鳴っていることに気づいた。話の先が知りたくて落着かないようだ。俺は一呼吸おいて話をつづけた。

「でもそれは法螺にはならなかったんです」

花田さんの大きなため息が聞こえた。

 

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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