これはかなり以前に俺が体験した話。
その頃はAさんと知り合ってから間もない頃で富山の住職とは親しかったが
Aさんとは冗談すら言える関係ではなく当然姫ちゃんとも知り合っても
いなかった。
ただその頃は俺が毎週末には必ず友人達と心霊スポットに出かけていた時期でもあり
友人や知人の間ではそれが知れ渡っていた。
しかし、それがいけなかったのだろう。
別に霊感も無ければ霊的な能力も無い俺に色んな相談や依頼が舞い込んでいた時期でも
あった。
勿論、何かと理由を付けて断る事が多かったのだが中にはどうしても断り切れない場合も
あったのも事実。
そんな中でも特に印象に残っていた出来事を思い出しので執筆の息抜きとして書いてみたいと思う。
その相談は俺の友人を通じて持ち込まれたものだった。
その女性は50歳くらいのシングルマザー。
友人の会社の同僚らしいのだが娘さんの事で友人に相談してきたのだという。
その友人というのは心霊スポットには一度も行った事が無い代わりに心霊関係の知識だけは豊富な男だったが相談を受けた時点で自分では無理だと感じ、そのまま2人で
俺に相談してきたそうだ。
その女性の娘さんは20歳過ぎなのだそうだが、とにかく心霊スポットに行くのが
大好きとの事で仲の良い友達と2人でいつも北陸三県の心霊スポットを探検している。
そして母親である彼女は心霊とかオバケが大の苦手で心霊スポットになど一度も
行った事も無い。
だから娘さんにはいつも煩がられるくらいに
心霊スポットなんかには絶対に行っちゃダメだからね!
と言い聞かせていたらしいのだが、そんな言いつけを守る娘さんではなかった。
ただ実際には彼女も娘さんが心霊スポットに行き続けている事は薄っすら知っていたが
取り立てて何も危険な目に遭っていないのも知っていたらしく、とりあえずは
見て見ぬフリを決め込んでいた。
しかし、娘さんは昨夜出かけていったきり戻って来ない。
いつも一緒に心霊スポットに行っている筈の友達に連絡すると、どうやら娘さんと
その友達は喧嘩の真っ最中であり一緒には行動していないのだと告げられた。
ただその友達は1つだけ重要なヒントを聞かせてくれた。
「以前から〇〇〇〇〇〇という廃墟に行ってみたいと話してたからもしかしたら一人で
その廃墟にでかけたのかもしれません」と。
俺の友人がそこで匙を投げたのはその廃墟が理由だった。
とにかく危険な場所だった。
冗談や噂話ではなく本当の悪霊が蠢いており入ったら二度と出てこられない・・。
そんな情報が出回っていた。
普通ならば、そういう情報が流れている場所の方が心霊マニアが集まるのだろうが
その廃墟は本当に危険な何かを漂わせており誰も近づく者はいなかった。
でも、早くその娘さんを探しに行かないと手遅れになってしまう。
話しの内容はこんな感じだった。
その話を聞き終えて俺は友人に尋ねてみた。
それで、なんで俺の所へ相談に来たの?と。
友人が言うには俺ならば北陸各地の心霊スポット全てに突撃しているだろうから
この母親と一緒に行ってくれるだろう、と思ったそうだ。
しかし、冗談ではない。
俺もしっかりと事前の下調べをしてから心霊スポットを探索しているのだ。
適当に選んでいる訳ではなく本当に危険だと判断した場所には頼まれたって近づきたくないのだ。
そして、友人の話に出てきた娘さんが向かった可能性が高いという廃墟も当然
俺の中の超危険リストに入っていたのだ。
ごめん・・・無理だよ・・・まだ死にたくないし・・
そう返すと、瞬時に反応が返ってきたのは友人ではなくその母親の方だった。
私の娘の命を何だと思ってるんですか!
別にその廃墟に入りたくないんなら外で待ってればいい!
私が1人で中へ入って娘を探します!
だから、せめて車でその廃墟の前まで乗せていってくれませんか!
そんな母親からは「絶対に廃墟まで乗せていってもらう」という迫力が伝わって来て
とても断れる様な雰囲気ではなかった。
わかりました。
その廃墟の場所は知ってますから前までなら連れて行きますよ。
でも絶対に一緒に中へは入りませんからね。
それだけは約束してください。
そんな俺の言葉に頷く母親を見て俺は早速車に母親を乗せて走り出した。
既に辺りは夕暮れが忍び寄っており現地に着く頃には夜になってしまうのは確実だった。
夜になってしまうと廃墟の外で待っていたとしても安全とは言い切れない。
そんな時に浮かんだのはAさんという存在だった。
上手く説得して同行してもらえればあれほど心強い存在もいないのだから。
俺は車の進行方向を少し変えて後部座席に座る母親に言った。
すみません、これから1人の霊能者の元に行きます。
うまくすれば同行してもらえるかもしれませんしそうなれば安全に娘さんを
探す事が可能ですから・・・と。
母親は納得していない様だったがとあるワンルームマンションの前に車を停め
俺が車外へ出ると一緒に付いてきた。
そしてAさんの玄関に行き呼び鈴を鳴らすと
はい・・・どちら様ですか?
と迷惑そうに顔を出した。
あっ、こんばんは。お久しぶりです。実は折り入ってご相談がありまして・・・。
そう言うとAさんは無言でドアを閉めようとしたが俺の背後に母親が立っているのを
見つけると、
入るならさっさと中へどうぞ・・・。
と歓迎する気ゼロのトーンで俺達を部屋の中へ招き入れた。
全ての話を聞き終えた後、Aさんは母親の顔をじっと見つめた。
そして、
とりあえず私は忙しいので無理です。
何をどう頼まれたとしてもお手伝いする気はありませんね。
今回は・・・・。
と返してきた。
その後、俺が何度もAさんの説得を試みていると横に座っていた母親が立ち上がって
あの・・・私そもそも霊能者とかいうの全く信用していないんです。
それにこの人が一緒に行かないって言ってるんだからこんな所にいつまでも
居る方が無駄じゃないですか!
それに急がないと!
さっさと車出してくれませんか!
と大声で怒鳴った。
あっ、はいはい。そうですね。わかりました。
そう言って母親に続いて部屋から出ていこうとした時、俺はAさんに呼び止められ
こんな事を言われた。
その廃墟の事は私も知っています。
決して安全な場所ではありませんけどあのお母さんと一緒なら大丈夫です。
だからKさんも絶対に一緒に中へ入った方が良いです。
良い勉強になると思いますから!
と訳の分からない事を言われた。
その後急かされる様に車を走らせて廃墟の前へ着くとその母親は少しも考える事無く
走る様にして廃墟の中へと突入していった。
懐中電灯の灯り1つで。
そして、噂通り、その廃墟は本当に危険な場所だった。
今にして思えば、直前にAさんに会った事で余計に視えてしまったのかもしれないが
とにかく人とは到底見えないモノが廃墟の中を埋め尽くしていた。
おいおい、これのどこが大丈夫なんだよ?
一瞬Aさんへの怒りが込み上げてきたがそれはすぐに驚いて言葉も出ない感情に
かき消されてしまう。
その母親には間違いなくそれらの姿は視えていた。
しかし、少しも臆する事も無く娘さんの名前を呼び続け人外のモノ達を掻き分ける様にして、あるいは蹴り飛ばし突き飛ばす様にして我が道を進んでいく。
まさに鬼神のようにしか見えなかった。
おい、どけよ!
邪魔なんだよ!
ウザいって言ってんだろ!
そんな声が聞こえなくなった頃、母親は娘さんを抱きかかえて戻ってきた。
すぐに廃墟から出て2人を病院へと送り届けた。
その際、母親からは丁寧なお礼の言葉と深すぎる程のお辞儀を何度も何度も受け取った。
本当に今目の前にいる母親と廃墟に突っ込んでいった母親が同一人物なのか?
と信じられなかった。
結論としてやはり女は強いのだ。
そして母親ともなれば無敵なのかもしれない。
護るものの為ならば母親は鬼神にさえなれるのだろう・・・たぶん。
実話怪談
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