自転車を降りて、押して行く。二人の全貌がはっきり見えたとき、思わず絶句と共に膝が震えた。愛が話してくれたこと。あれって本当に本当だったんだわ。家の前で待っていたのは、肌の色がうんこ色の老婆と、その老婆と瓜二つの女の子だった。老婆の肌の色には瞬時におぞましいものを感じたが、ピンクのカーデガンに灰色の綿パンを穿き、病院のトイレにあるような緑のゴムサンダルにだらしなく足を突っ込んだ姿には思わず吹き出しそうになった。
一方、マコちゃんは左胸に花枠のピンクの名札を付けた白のブラウスに、黒のスカートといった制服姿だった。肘から袖口にかけて茶色の染みが見える。一目でそれが戻した物の痕だとわかった。二人とも目をギョロギョロさせて、まるで飢えた獣が今にも餌に喰らいつこうとするときのようで不気味だ。近寄りがたいというより、本能的に身の危険を感じる気持ちの悪い人たちだった。私は変に思われない程度に距離をおいて自転車を停めた。すると愛は自転車から飛び降りるや否や、マコちゃんに向かって駆け出してしまった。咄嗟に声が飛んだ。
「愛ちゃん! そっち行っちゃ、ダ……」
不気味な二人の傍にやりたくない気持ちが、そのまま愛を引き止める言葉で出ようとしたが、最後まで言わないまま消えた。流石に初対面の人の前では使ってはいけない言葉だと思い、理性が本能を抑えた。愛の左耳をマコちゃんの両手が包み、そっと口を近づけて何やらヒソヒソ話している。うんうんと仕切りに頷く愛は何を見ているのか、両目の瞳は左一杯に寄り、宙の一点を見詰めて動かない。私は自転車を停めた場所から一歩も動かず二人を見ていた。それにしても一体何の用だろう? 何か預かって届けてくれたのだろうか? 兎に角訊いてみよう。私はそつなく笑顔を作った。
「どうされました?」
「へへへ、あんな、うぢのまごがなぁ、へへへ。どうじでも愛ぢゃんにゆうどがないがんごどがあるんじゃど。ほれで、あんだらが帰っでぐるん待ぢよっだんやがな。へへへ」
思わず目を背けてしまった。街灯の明かりははっきりと、前歯のない開いた口の中で動くうんこ色したベロを映し出していた。うえぇ、気持ち悪い! 入れ歯でベロを隠せばいいのに、誰からも注意されないのかしら。お年を召しているとは言え、もうちょっと身なりを気にしてもいいのに。寒気を覚えながらも、好奇心が私を駆り立てていた。
私は観察するようにマコちゃんのおばあちゃんを観た。ニタニタ意味もなく笑う顔は、今まで一度も悩んだことがなさそうに見えた。それくらい教養のない顔だった。話し方からも、この老婆がどんな人生を歩んできたのか容易推し量ることができた。私とは住む世界が違う人であるのは明らかだった。自ずとマコちゃんの程度も知れた。
「わざわざ今日でなくても明日もまた学校で会えるのにねぇ」
「ほうじゃろ。うぢもそうゆうだんじゃげどな。今日ゆうどがないがんごどがあるんじゃど。へへへ。愛ぢゃんも、まごにわがらんごど何でも教えでもろだらええわい。ごのごも父ぢゃんどおんなじAB型じゃげんな、頭ええんでぇ。お祖父さんもAB型じゃっだわい。うぢと母ぢゃんはB型やっだげん、勉強は嫌いじゃっだ。へへへ」
お父さん? あ、このおばあちゃんの息子さんか。確か一緒には住んでないんだよね。AB型の人が頭が良いというのは初めて聞いた。O型の私はどうなのだろう?
「あんだ、ユミぢゃんじゃないんげ?」
「えっ」
思わず驚きが声に出た。
「ええ? ユミぢゃんやろげ?」
なぜ私の名前を?
この町で私を知る人がいないとは言わない。でもマコちゃんのおばあちゃんがなぜ知っているのだろう? 会うのは今日が初めてなのに。昔この町にいた頃にもこの老婆を見た記憶はない。もし見ていたらこれだけ奇怪な容姿だから、幼心に強烈な印象で残ったはずだ。恐らく、それは恐怖心を伴う嫌の記憶で残ったと思う。
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