「どっからきたん?」
一人の子供が訊ねてきた。
「松山」
井上は無愛想に応えた。
「さっき海におった人らやろ?」
「なんだ、あのときのギャラリーか!」
水野が顔を挟んだ。
「いつ帰るん?」
「明後日の朝。そうだったよな、井上?」
水野が訊いた。
「うん」
井上は湯気で逆上せそうで苦しかったため、返答はまたもや無愛想だった。
「なぁ、僕らも連れてってや」
「親に連れてってもらえよ」
「一緒に行きたいんよ! お願いじゃけん、連れてってや。僕ら、誰もあの橋の向こうはよう行かんのよ。兄ちゃんらはここのもんやなかろ。僕らを向こう岸に連れてってや!」
子供は縋りつくように執拗にこいねがった。その姿が哀れに思えたのか横山が調子のいいことを口走った。
「わかった。わかった。皆んな連れてってやるよ!」
「ありがとう!」
子供たちは声を揃えてそう言うと、黙って桶で湯を汲んで互いの背中を流しはじめ、物音一つ立てずに出て行った。四人は子供たちが去った後、もう一度身体を温泉に漬けてから上がった。風呂屋の帰り道、角の祠の前で佐々木が立ち止まって不審に思ったことを口にした。
「橋の向こうに行けないってどういうことだろうな? それに向こう岸って何のことだ?」
横山と水野は深く考えもせず、適当なことを言いはじめた。
「学校でいわれてんじゃない? 校区外だから橋の向こうは保護者と一緒じゃなきゃ行っちゃ駄目よって。或いは、橋の向こうは鬼の棲む国とでも村の習わしでいわれてるのかもな?」
「そうじゃなくてこの村の人間は、あの橋を通って余所の街に行くことは昔からないんじゃないか? 海があるから船を利用してるんだな、きっと。さっき砂浜には船はなかったけど、あれは皆んな仕事で出てたからじゃないか? だって大人は民宿のおばさん以外他の人には逢わなかっただろ。皆んな余所の街に勤めに行ってんだよ、船でね。だから、子供たちもあの橋を通って隣街とか行ったことないから、橋の向こうがどうなってんのか知らないんだ」
憶測に任せて勝手な意見が飛んだ。
「考え過ぎなのかなぁ?」
佐々木が井上を見つめて呟いた。井上は砂浜で佐々木が見せた子供たちの足跡を思い出していた。佐々木はあの子供たちは幽霊だと本気で思っているようだ。でも、幽霊が風呂に入るのだろうか?
「おまえが心配するようなことは何もないよ。大丈夫だ! それよりも後輩が俺たちの帰りを待ってるから急ごう!」
井上は佐々木の肩を軽く叩いて民宿へと促した。
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