一、二年生たちが風呂から帰ったところで各部屋に食事が運ばれた。井上の部屋にお膳を運んできたのは40代後半の男だった。無枯村にきて民宿の女以外に初めて見る村の大人だった。男は背が低く骨太のがっしりした体格で、日焼けした皮膚は赤黒い光沢を放っていた。男は片手に一膳ずつ持って二回に分けて運んできた。
トントン!
「お食事をお持ちしました!」
扉をノックすると同時に、男の訛りのある声が扉越しに聞こえた。男は前屈みに背を丸め、照れ臭そうに俯き加減に部屋に入ってきた。大きなお膳には大量の料理が並べられている。よく見るとどれも海の幸ばかりだ。
「採れたてですから」
男は顔を赤らめて小さく言った。井上たちは料理の多さに度肝を抜かれ、ただただ黙って一つ一つの料理を観察していた。
確かに加藤の説明通りだ。豪勢じゃないか!
配膳が終わると、男は冷えた瓶ビールの栓を抜きながら笑顔で話掛けてきた。
「お客さんらのような若い方の団体さんは初めてなんです」
笑顔を崩さず、男は一人ひとりのコップにビールを注いで廻っている。
「へぇ、そうなんですか。普段はどういったお客なんです?」
横山が興味を持って訊ねた。
「大体がお年寄りの御夫婦が多いですねぇ。さぁ、どうぞ、お召し上がり下さい」
男の掛け声で皆んな一斉に料理に箸を伸ばした。無枯村に到着してから何も食事を摂っていなかった井上たちは、男の話も気にせず貪り食うように箸を走らせていった。
「ここって静かでいいとこですねぇ。昼間は人が出歩く姿は見えなかったけど、皆さん余所の街で勤めてらっしゃるんですか?」
口をもごもごさせながら佐々木が訊ねた。
「昔はそうでしたけど、今はそうでもないんですよ」
間を挟んで何か考え込む仕種を見せながら男が言った。
「最近は出稼ぎが多いんですか?」
佐々木が訊ねた。
「いえいえ、今は働き手となる者がここにはおらんのです」
男の笑顔が一変して悲しい表情を見せた。無心で箸を進めていた連中も男の言葉に一瞬動きを止めた。
働き手がいないって?
「どういうことです?」
井上が訊ねた。男の表情は重く暗いものになっていた。その表情からも、そのことについてあまり話したくないという男の心情が感じられた。だが、それに気づくと井上たちは余計に興味を触発された。
「働き手がおらんなったんは、何も最近のことじゃありません」
男の声は重く、俯いたまま顔を上げようとしない。
「あれは私が中学校のときでした」
男は天井に吊るされた蛍光灯に目をやると、何かを思い出すかのように語りはじめた。
「ここらは何十年かに一度土砂崩れに見舞われることが大昔からありました。お客さんもここらの風景を見られたと思いますが、西に小さな浜があるだけで、外は山に囲まれとりますけん。昔から大雨がつづいたときには、よう東の山から土砂が流れてきましてね。土砂に押し流される被害が多かったんです。
私も親に聞いた話なんですが、あの洪水が起こるまでは、長いこと大雨もここらを襲うことはなく洪水もなかったそうなんです。それで皆んな安心しとったんでしょう。ここは大昔から漁師の村でしてね。昔は土砂崩れが起こるとすぐに皆船に乗って荒れた海に非難しました。互いの船と船を太いロープで結び付けて土砂に流されてはぐれんように。
私が中学校のとき、大きな土砂崩れが村を襲いましてね。ほとんどの者が海に流されてしもたんです。昔とちごて私が子供の頃にはもう漁をする者は年寄りが数人おっただけでした。若い者は皆村を出て、余所に出稼ぎに出とりましたけん」
男は一つ一つ忘れかけた記憶を辿るようにゆっくりと語った。そしてそのあいだ井上たちが料理を口に運ぶことはなかった。
「出稼ぎに出とった者のようにこの村から離れとった者は無事でした」
男は静かな口調で言った。
「村に残っていた漁師の方は?」
不審に思い井上は訊ねた。
「漁師いうても皆んな年寄りばかりじゃけん。皆んな流されてしもたんです」
井上には男の話で二、三見えない点があった。
この主人はその土砂崩れから無事だったようだが、村を離れていたのだろうか? それに他の村人は船で非難しなかったのか?
「旦那さんはどうやって助かったんです?」
井上は訊ねた。
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