怪談

『㥯(オン)すぐそこにある闇』第15節-2

何が割れたんだろう? ガラスか、それとも陶器? 割れるとしたらそんな物だろうな。奥のほうから聞こえたけど、猫か鼠でもいるのか? ぼろ屋だから猫や鼠が棲んでても奇怪しくないな。

 

カタカタカタッ!

 

建物の奥を覗き込んでいるとき、入口のドアを揺らす音が聞こえてきた。横山はすぐに入口のドアをじっと睨み付けた。

 

カタカタカタッ!

 

人影が動いている様子はない。なのにドアを故意に揺らす音はつづいている。

 

風? いや、風なんてさっきから吹いてないぞ! 割れたガラスの隙間から外が見えるけど、風で揺らいでいる物は何一つ見当たらない。しかし、俺も奇妙なヤツだ。そんなに外の人影が気になるのなら、開けて確かめてみればいいのにどうしちまったんだ? そうしない? そうしないんじゃない! ドアを開けて確かめるのが怖いんだ! でも、どうして? なんで俺は怖いんだ? 何に恐れを感じてるんだ? わからない。でもドアを開けるととんでもないことが起こりそうな気がする。多分、それはその入口のドアを見たときから、人影が映った曇りガラスを見たときから本能的に感じていたのかもしれない。そのドアは絶対に開けてはいけないんだ!

 

カタカタカタッ!

 

どうしたんだ? 音が鳴り止まないぞ! なんなんだ! どうしてくれっていうんだ? ドアを開けて欲しいのか? でも、開けちゃ駄目だ! このドアを開ければ恐ろしいことが起こる! だから、どんなことがあっても絶対に開けちゃいけない!

 

カタカタカタッ!

 

人影はまったく動かないのに、絶対にドアを叩いているように思える。どういうことだ! 本当にアイツはドアに触れてないのか?

 

ドアヲアケテタシカメレバスムコトダロウ

 

どこからともなく声がした。

 

「駄目だ! そんなことは絶対にできない!」

 

ドウシテ? キニナルノナラアケテタシカメレバイイ

 

「そんなことしてみろ、絶対に恐ろしいことが起こるに決まってる!」

 

ナニヲソンナニオソレテイル? ナニモコワイコトナドオコリハシナイ。サア、ドアニテヲカケテヤサシクヒイテヤレバイイ

 

「駄目だ、駄目だ、駄目だ! うるさい! おまえは誰だ!」

 

カタカタカタッ! カタカタカタッ! カタカタカタッ! カタカタカタッ!

 

横山が目を覚ましたのは暗い午前3時前だった。汗をびっしょり掻いて、魘されて目が覚めた。

 

「まだ3時前か」

 

横山は寝起きの悪さを紛らわそうと、テレビを点けた。ちょうどそのとき携帯が鳴った。短く電話を切り、眠気を覚まそうとシャワーを浴びにバスルームへと向かった。

 

横山が寝ぼけた頭を熱いシャワーで覚ましている頃、佐々木は井上の家に向かって四駆を走らせていた。

 

しかし、嫌な夢を見たよな…。

 

まだ陽が射さない街を走りながら、佐々木は今朝がた魘された夢を考えていた。

 

あの不気味さ、まるであの民宿だ。どうしてあんな場面が夢に現れたんだろう? 昨日のから今日あの村に清めに行くことばかり考えていたからだろうか? それにしても、表に立ってた人影、あれは本当に人間だったんだろうか? それともただの人形? 恐くて確認できなかったからわからないなぁ。

 

夢の中で佐々木は忌み知れぬ恐怖に怯えていた。

 

外に出ようと思えば簡単に出れたはずだ。でもそうしなかった。あの建物の外は危険に思えてならなかった。でも何故そう思ったんだろう? 以前から知ってたように思う。

 

佐々木はヘッドライトが照らす路面の先を追いかけていた。時刻は午前3時25分。辺りで目につくものと言えば、信号機の赤と緑のライト、それに時折すれちがう車のヘッドライト。それ以外は暗闇に覆われて、まるで何もないように思えた。無枯村の夜はほとんど記憶にない佐々木が、松山に無枯村と同じ光景を見つけ出すことはなかった。

 

しかし、なんで俺は独りであんな廃屋にいたんだろう? あれは無枯荘だ。ぼろぼろになった無枯荘で一体何をしてたんだ? あのまま目が覚めないままだったらどうだったんだろう? 考えたくもないが、あんな薄気味悪い所で独りなんて夢とはいえ嫌だな。

 

佐々木は背を丸めて長い吐息を吐いた。

 

俺は無枯荘の一階の店の部分、無枯商店にいた。夢の中では二階があることに気づかなかったけど、妙だな? 確かあそこは二階へと通じる急勾配の階段があったはずなのに、夢の中ではそれに気づくことはなかった。いや、気づくも気づかないも、そんな物はなかった。よくよく思い出してみれば俺がいた場所はちょうど階段があった辺りじゃないか? 俺はそこに身を伏せて、表で立ったまま微動だにしない人影をじっと見ていたんだ。まさか、アイツも俺が伺っていたように、外から俺を伺っていたのだろうか?

 

時刻は午前3時30分。佐々木は空いた道を飛ばして割と早く井上の家に到着した。井上の家の前に車を停めると、携帯電話で井上に着いたことを知らせた。間もなく玄関に明りが灯り、井上が写真が入った紙袋を持って出てきた。写真は祟りを恐れる佐々木と横山に代わって、井上が預かっていた。時刻は午前3時32分。

 

 

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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