怪談

『㥯(オン)すぐそこにある闇』第23節-2

皆ここに着いた瞬間に、忌み知れぬものが取り囲んでいるんじゃないかと思ってしまいました。暗示です。条件は余すところなく揃っています。村に足を踏み入れた瞬間には既に、意識の中の決して押してはいけない自身を不安と狂乱に追い込むスイッチを押してしまってたんです。確か合宿は二泊三日の予定でしたが、足だけのお化けが出たってことで一日切り上げて帰ったはずです。そのときご主人はそんな幽霊なんて見たことがないっていわれましたよね?」

 

主人はこくりと頭を縦に振った。どうやら話は聞いていたようだ。

 

「結論からいいますと、ご主人のいわれた通りだったんです! ここには幽霊なんて昔からなかったんですよ! 俺たちは自分が自分自身に掛けた暗示によって、幻覚を感じるようになっていたんです。普段住み慣れた環境とは異なる状況に置かれれば、普段感じない神経が妙に研ぎ澄まされるもんじゃないですか。俺たちはそいつを自分たちが昔から心に抱いていた怖いもの、つまりお化けだの幽霊だのというものに結びつけてしまったんです。だから皆、自分の冷静さを欠いた思考によって操られてしまったんです。皆、自分が幼い頃から心に抱いていた忌み知れぬものによって、精神と肉体をむしばまれていったんです。多分、俺とあそこにいる二人もご主人から不安を解くお呪いを教えてもらわなかったら、連中のように奇怪しくなっていたのかもしれません。

 

俺たちはご主人の言葉で理性を取り戻すことができたんです。足を洗えってやつでね。そのときは意味はわからなかった。でも回りで他の部員たちが奇怪しくなっていく内にわかったんです。どうして俺たち三人だけが無事でいられたのか。それはご主人の忠告を守ったからだって。でもそんな俺たちにも写真に異常がはっきりと見えてました。でもあれは見えてたんじゃない。見せられてたんです。というのも写真を見せられる前に女性部員から断りがありました。写真が変だってね。そして後輩が真先に写真を手にした。

 

後輩は女性部員の言葉によって妄想を抱いたんです、妄想を駆り立てたすぐ後に見た写真には異常が見られていた。後輩は写真が奇怪しいことを皆にいいました。女性部員や後輩の一言によって、連鎖的に回りの連中にもはっきりと写真の異常が確認されてしまうようになったんです。俺たちはそのときはまだお呪いの意味を知らなかったから、連中と同じだったと思います。

 

大学はその後すぐに長い夏休みに入りました。どういうわけか俺とあそこの二人は合宿のことを忘れることができてたんです。多分、お呪いが効いてたんでしょう。でも他の部員たちは合宿のときに植え付けた自己暗示から解かれることはなかった。夏休みも終わり、後期がはじまりました。そのときはじめて知ったんです。部員たちの様子が奇怪しいって。部員たちは皆、加藤の友達が辿ったように奈落の底に転がっていきました。夏休み前に写真を皆で見たときに、そのとき初めて加藤が友人が死んだ経緯を皆に話しました。再び皆は不安を煽られたんです。だって、不思議に見えた写真や加藤の話は充分に人間の理性を蝕む要因になり得ましたから。写真は暗示に掛かっていない人が見たら、普通の写真に見えたと思います。

 

俺たちは後期になって奇妙な噂のあるアパートの話を、外部の者から知りました。そしてそのアパートが加藤のアパートじゃないかって思い込んでしまったんです。そこから部員たちが奇怪しくなったんじゃないかって思うようになりました。現実に自己暗示に掛かった連中は奇怪しくなってましたよ。大学で広まったアパートの噂を聞いてから、写真を確認したんです。写真を確認する前に俺たちも再び噂を信じたばっかりに暗示に掛かったんだと思います。でもお呪いの効果は健在だという気持ちもありました。確認した写真は更なる変化があるように見えていました。でも実際は何もなかったんだと思います。

 

御祓いをしてもらおうと写真を住職やお年寄りの坊さんに見せたときも、なんか変な顔をされましたからね。変といっても今思えば多分こうだったと思います。この写真のどこが奇怪しいの? ってね。でも俺たちは完全に祟りだと思い込んでいた。そりゃそうでしょ、原因がわからないままに部員たちは皆衰弱していってたんですから。おまけに子供の幻覚を相手にぶつぶつ独り言を呟いてるんですから。子供の幻覚は多分村で目撃した粗末な恰好の子供が、強烈な印象で脳裏に焼きついてたからだと思います。ご主人は村には子供はいないとおっしゃられました。そうです。この村には子供はいないんです。恐らく俺たちが見たのは、あれは余所の町の子供たちだったんでしょう」

 

井上は自分の推理を話しつづけた。

 

「子供は、子供は本当にこの辺りにはおらんのです!」

 

呻くような声で主人が言い、井上の腕を強く掴んだ。井上はその手を優しく包み返して再び語りはじめた。

 

「そうです。ご主人がおっしゃられるとおりです。余所の町の子じゃなかったとして、俺たちは子供の幻を集団で脳裏に作りだしてしまってたのかもしれませんからね。皆、村に人気がないことに妙に敏感になってました。心の中で人気を求めてたんです。それが不気味なこの村から受けたインスピレーションによって、子供の幻影を作ってしまったんでしょう。

 

この村の不気味さはこの立地条件と、度重なる土砂災害によって大きな被害を受けてきたという歴史の上になりたってます。それらの情報を俺たちは自分勝手に様々な不気味なものと結びつけて、歪曲させて新しいものにして幻覚を生み出してしまったんですよ。ご主人がいわれたこの村に伝わる挨拶もそうでした。俺たちにはその意味がわからなかった。だからこそ勝手に悪いイメージに結びつけて解釈しようとしたんです。

 

この村は閉鎖された環境にあります。だからこそ情報化の波に飲まれることなく、現代に至っても尚、過去の亡霊に捕らわれて不確かな習わしだの言い伝えだのといった迷信に縛られつづけたんです。ご主人もその暗示に掛かっているんですよ! ここが迷信に縛られた土地なのは、ご主人のような暗示に掛かった人がいるからなんです。冷静になって目を覚ますんです! ここは怖いことなんて何もない土地なんです!

 

部員たちの体調が急速に老化した原因の一つに、この村にだけに生息した細菌がいたのかもしれません。これは完全に俺の推測ですけど、その細菌は足の爪の間や毛穴から体内に侵入し、村から出て異なった環境で突然変移を起こしながら宿となった肉体を侵していったのかもしれません。どういうわけかその細菌は真水や石鹸で洗っても落とすことはできないが、あの川、禊川の水では洗い落とすことができたんです。多分、あの川の水にその細菌を殺す成分が含まれていたからでしょう。

 

 

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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