佐々木はそこまで想いを巡らしたところで、身体の緊張を解いて大沢の父親に笑顔を見せた。そして、
「わ、わかった! 俺たちの負けだ! 本当のことを話すから許してくれ」
佐々木は大沢の父親に組み手構えを解いて両手を挙げて叫んだ。
「本当のこと?」
訝しげな目で大沢の父親は佐々木を睨み付けた。刑事の人を疑う目がそこにあった。
「部員たちをここに連れてきたのは全部この横山なんです! コイツのせいで皆奇怪しくなってしまいました!」
そう叫びながら佐々木は倒れ込んだ横山を指さした。佐々木の声に部屋にいた全員の視線が横山に注がれた。
「えっ? な、何いってんの、佐々木。どうして俺なの? 俺が何を、何をしたっていうんだよっ! おい、佐々木! おまえどうしたんだっ! 佐々木っ!」
横山の呻く声が部屋に響いた。涙を流しながら横山は佐々木に救いの眼差しを送った。横山のその目は佐々木には哀れむ者に向けられる眼差しに見えていた。
「な、何いってんだよっ! おまえは自分がやってきたことを忘れたのかっ!」
佐々木の声は震えていた。無意識に横山を売ったことに対する罪悪感が声を畏縮させていた。
「おまえ、俺を、連中に売ったのか?」
横山の顔が一瞬にして凍りついた。
「おまえが素直に応じればここにいる皆が救われるんだ! 俺も救われるんだよ! 今までの罪滅ぼしだと思って、黙ってその身体を差し出せばいいんだ!」
佐々木は横山と視線を合わさなかった。
「お、おまえ、それでも空手マンかっ!」
横山の悲痛な叫びは佐々木には耳障りでしかなかった。
「はぁ? おまえにそんなこといわれたくねぇよ!」
佐々木は苦しみ喘ぐ横山を、血走った涙目で睨み付けた。そこにいつもの穏やかな佐々木の眼差しはなかった。
「俺を売っておまえだけがここから助かろうなんて…。そんなこと俺は絶対にさせねえからな!」
横山は不気味な笑みを浮かべて佐々木を睨み返した。
「おまえは神様になれるんだぞ! 有り難く思えやっ! 人形に代わって新しくここに祀られるんだ! 祀られる身体は一体でいいんだよ!」
佐々木は膝が震えているのが自分でもわかるほどだった。何か今まで感じたことのない不気味なものが、心の奥底から身体全身に這いだしているように感じられて寒気で凍りそうになった。
「ハッハッハッハッ! 人形の代わりになるのは俺じゃねぇよ。ハッハッハッハッ! …なるのはおまえだよ」
突然横山がけたたましい笑い声を上げた。
「とうとう狂ったか! 俺が人形の代わりをするだとぉ! ふざけんじゃねぇよ。代わりになるのは俺じゃねえ、おめえだよ、横山!」
佐々木は気が狂れた横山に心底おののいた。佐々木の目に映る横山は、将来に絶望を確信した、哀れな生き物に見えた。
「おまえは何もわかってないようだな」
横山が笑いを堪えて腹を抱えて佐々木に言った。
「おまえ、俺を脅してるつもりなのか? ハッハッハッ! 狂ったおまえのいうことなんかに、俺がビビるとでも思ってんのかよ!」
佐々木は横山を睨み付けて一喝した。
「人形の代わりになるのは俺じゃないよ、うん、俺じゃない。なるのはおまえだからね…、本当だよ」
突然横山の口調が静かで優しいものに変った。
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