森と関は中田が自殺したことに、かなりショックを受けてました。中田の祟りを恐れたんです。キックボクシングで強くなることだけに執念を燃やしていたあの二人の怯えようはほんと異常でした。おれは二人の怯える姿に怯えました。
中田が死んで何日かは、誰も山下とは話しませんでした。何も話せなかったんです。山下は異常に浮かれてたけど、おれたちはそんな気分じゃなかった。
皆んな自分たちが中田にやってきたことがどんなに異常だったのか、そのときになってようやく気づいたんです。気づくのが遅かったんです。いや、皆んなわかってたのに、山下の顔色を見ながらの生活に感覚がおかしくなってたんですよ。
わかってたのに誰も注意しなかった。皆んなこうなるだろうってわかってたのに。第二の中田になりたくなかったから……。
中田の仕返しに怯える山下は、中田が死ぬまで苛める覚悟でいたと思います。多分、絶対にそうですよ。
山下と話さない日が何日かつづき、話せるようになったときには、森も関も余所余所しい態度で接してましたね。そんなに日が経ってなかったのに、なんかもう何年も話してないような感じがしました。
でも山下は以前とまったく変ってなかった。
そんな山下に怯えました。あいつ、そのとき奇妙な話をしたんです。
『化け猫って本当にいると思うか?』って訊いてきました。
おれたちはそんな物はいないと応えました。山下もそんな物がいるわけねーだろって笑い飛ばしたんです。
『化け猫はな、あれは昔猫を苛めてたヤツに苛めを止めさせるために、動物愛護協会の誰かがでっちあげた作り話だよ。だから本当にそんな物はいないよ。猫が祟ったりするわけねーだろ。
それと同じだよ、中田も。そんなにビクビクするな。死んだのはただの中田なんだぞ。おれたちよりも全然弱い中田なんだからな。お前ら中田を何度もボコボコにしたじゃねーか。
な、あいつ、全然弱かっただろ。中田の幽霊よりも、おれたちの方が強ぇに決まってんじゃねーか。お前ら、キックボクシングやってんだからそんなにビクビクすんなよな。キックボクシングじゃお前らには敵わないけど、そのおれでも全然平気なんだからよぉ。
お前らがいつまでもビクビクしてると、おれまでテンション下がっちまうだろ。な、元気だせよ。気合だ、気合! そんなに心配すんなって! おれたち仲間なんだから、あいつの幽霊が出てきたら、また皆んなで生きてたときみたいに苛めてやりゃいいんだからよ。
おれはどんなになっても、仲間のお前らを見捨てたりはしねーよ。おれたちはいつまでも仲間なんだ。だからいつでも困ったときは、仲間同士で助け合わなきゃなんないんだよ』って。
山下はおれたちを勇気づけてたんでしょうね。でも、おれたちは益々山下に怯えていったんです。中田の祟りなんか、もうすっかり恐くなくなってましたよ。人を自殺に追い込んだにもかかわらず、罪の意識の欠片もない山下は、おれたちとは違う世界の生き物でした。
そのとき、このままだと一生山下の狂った魔の手から抜け出せないとおれは思いました。同時に山下なんかと友達にならなきゃ良かったって、すごく後悔したんです。
その日の夜です。関から電話もらったのは」
「関は何を?」
「あいつは精神的に追い込まれてました。『このままだと一生山下の言いなりになりそうで恐いよ。どうすりゃいいんだ?』って。
あいつもおれと同じことを考えてたことにほっとしました。でも不思議でならなかったんです。どうして関が山下をそんなに恐れなきゃなんないのかって。だから理由を訊いてみたんです。
あいつは『どうしてなのかわからない。だけど何かあいつのことが恐いんだ。山下が不気味で不気味で恐くて気持ち悪くて堪らないんだ!』って狂ったように叫びました。
腕力では遥かに山下よりも強い関が、心理的に山下より弱者だっただなんてね……。
ショックでした。
関はつづけて、『森もおれと同じこと言ってるよ。山下をボコボコに痛めつけたところで、あいつの不気味さから逃れたわけじゃないって。森も相当参ってるんだ』って言いました。
もう完全に二人の精神は狂った山下に支配されてたんです。おれは言葉を失いました。
おれが黙ってると関が言ったんです。
『なあ、三人で山下を殺らないか』って。
あの二人はもう、山下を殺してしまわないかぎり、この恐怖から逃れられないと思い込んでたんです。そんなことを平気で考えてしまうところまで、精神的におかしくなってたんです。
山下を殺すことで意見が一致した二人には、自分たちが中田を苛めてたときの山下と、同じ精神状態になっていることに気づいてなかったんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。山下が亡くなったのは、あれは自殺ではなく森と関が」
「いえ、先生が考えているようなことは結局なかったんです」
「じゃあ、やっぱり自殺だったのか……」
「はい。先生、山下がどうやって死んだか思い出してください。
あいつは快速電車に跳び込んだんですよ。その場にあの二人も、それにおれもいなかった。
山下が死んだころ、皆んな授業受けてたじゃないですか」
「ああ、すまん。そうだったな。山下の訃報を受けたときは授業中だったな……」
「関から電話もらった翌日、おれたちは学校をさぼりました。山下は不審に思ったはずです。三人が揃って、しかも山下に連絡なしで学校を休むことなんてなかったから。
学校を休んでおれたちは、山下が絶対にきそうにない大学病院の待ち合いロビーで話し合ったんです。山下のことだから、早退して探しにくるんじゃないかと辺りを警戒しながら話し合いました。
二人を説得するのに、かなり時間がかかりました。
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