都市伝説

【この感動を伝えたい】 その⑤ 八木商店著

「お、おい! 山路! どうした。大丈夫か!」

受話器の向こうで坂上の声が微かに聞こえている。俺は坂上に救いを求めようとしたけど、声にならなかった。脳裏に甦った愛ちゃんの正体に言葉を失ったからだ。

まさか、あの人が愛ちゃんだったなんて。

俺は心の中で嘆いた。

コンパの席で俺の両隣りには女が座っていた。一人は坂上の彼女の香織。そしてもう一人は俺よりも一回り以上年齢の離れた生命保険の営業のおばさんだった。どんなバカでも香織が愛ちゃんでないことはわかる。ということは、愛ちゃんって、やっぱりあの保険のセールスレディーの花田さんってことだよな。目に見える物全てが真っ白に色褪せていき、全身の体毛が俺のため息で一斉にウェーブした。

愛ちゃんこと花田さんは、喉元が羽毛をむしったニワトリのように筋張っていた。その細く貧素な首筋に反して、ほっぺはフグのように膨らんでいる。大きなその頬に無理矢理押し込まれたぼた餅のような丸く張りのある鼻は毛穴が開いて清潔感は皆無。フナのような小さな丸い口は常に半開きで、鼻詰まりの声は生理的に不快感を招いた。目は細く小さいのが二つばかし、擦れて抜け落ちた眉毛の下方に左右並んでついている。

俺は彼女と話しているときは、大きな鼻の割りに小さい三角形の鼻の穴が気になって、そればかり見ていた。

「あ、愛ちゃんって、あのおばさんのことだったのか……」

俺の声は完璧に死人に近かった。

「おばさんって、おまえ、それ失礼だぞ。愛ちゃん、おまえと16も年が離れてること気にしてたんだ。多分、おまえの前ではそんな素振りは見せなかったと思うけど」

「そ、素振りって、何だよそれ? 愛ちゃん、愛ちゃんってさっきからうるさいよ! 俺、花田さんが愛って名前だなんて知らなかったぞ!」

「え? 言っとくけど、愛ちゃんって名前じゃないぞ」

「ええ! というと?」

「愛ちゃんの名前って花田華子じゃないか。おかしなやつだなぁ。愛ちゃんと付き合ってたのに、何でそんなこと知らなかったんだ」

「だから! 俺はあのおばさんとは付き合ってないつーのっ! でも、花田華子なのに何で愛ちゃんなんだ?」

俺を花田さんの彼氏だと勝手に決めつけてる坂上を、俺は友人とは思いたくなかった。

 

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八木商店

コメディー、ファンタジー、ミステリー、怪談といった、日常にふと現れる非日常をメインに創作小説を描いてます。 現在、来年出版の実話怪談を執筆しております。 2020年(株)平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ! 映像企画」にて八木商店著【男神】入選。入選後、YouTube朗読で人気を博し、2023年映画化決定。2024年、八木商店著【男神】が(株)平成プロジェクトにより、愛知県日進市と、東京のスタジオにて撮影開始。いよいよ、世界に向けての映画化撮影がスタートします。どうぞ皆様からの応援よろしくお願い致します。 現在、当サイトにて掲載中の【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】は、2001年に【 菩薩(ボーディサットゥバ) あなたは行をしてますか 】のタイトルで『角川書店主催、第9回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過、その後、アレンジを加え、タイトルも【 㥯 《オン》すぐそこにある闇 】に改め、エブリスタ小説大賞2020『竹書房 最恐小説大賞』にて最恐長編賞、優秀作品に選ばれました。かなりの長編作品ですので、お時間ある方はお付き合いください。 また、同じく現在掲載中の【 一戸建て 】は、2004年『角川書店主催、第11回日本ホラー小説大賞』(長編部門)にて一次選考通過した作品です。

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