「皆んな読み終わる頃には新しい恋人と熱い仲になっていましたから。今でも本当に不思議な本だと思います。内容が内容だけに、あの物語には何か人知を超えた強い意志が働いていたのかもしれません」
「不思議な話ですね。読まれた方皆さんに素敵なお相手が見つかっただなんて」
「ええ。でもね、今思うと私が感動したのは、物語の内容にじゃなかったような気がするんですよね。確かに内容は素晴らしかったけど。生まれて初めて読破したことが嬉しかったんじゃないかな。フフフ」
「え?」
「私は勘違いであの本に出逢いました。でもこの勘違いが私の友人たちに不思議な出逢いをもたらしたんです」
「私もその本読もうかしら。今でも本屋さんに売ってますか?」
「名作だからありますよ。でも、どういうわけか私が持っていたあの本でなきゃ、効果はなかったみたいですけどね」
そう言った途端、凄まじい勢いで花田さんの膨れた顔が目の前に迫ってきた。
「ぜ、是非、その本を貸して下さいませんか!」
いくら凄い顔でせがまれても、俺は事務的に振り払うつもりでいた。
「すみません。生憎あの本は実家に家宝として大切に保管しておりましてね、私の手元にはないんです」
俺は咄嗟にでたらめなことを言った。途端に、花田さんの顔が一気に失望感に変色した。
「あの、どうしてもその御本、山路さんが持ってらした御本を私も読んでみたいのですが。何とか御借りすることはできないものでしょうか」
「残念ですが、もう大分傷んでましてね。申し訳ありませんが、本屋さんで新しいの手に入れてもらえますか」
「で、でも、山路さんがお持ちになられてる御本でなきゃ効き目がないんでしょ!」
あっ、しまった! ついつい自分の語りに酔いしれてしまい、後先の展開も考えずに本当のことを言ってしまったんだ。
「えーと、そんなこと言いましたっけ?」
とりあえず俺はとぼけてみた。それから、わざとらしく、
「あ、そう言えば、今思い出したんですけどね。確か貸し出しの順番待ちしてた友人たちの中に、何人か自分であの本を購入した者がいましたよ。彼らも皆んな言ってましたけど、読み終わる頃に彼女ができたって。だからあの本なら何でもいいみたいですね」
と、そこの場面まで思い出して俺は現実に戻った。
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