ひしひしと怒りが込み上げてくる。俺は近所迷惑も省みず、電話越しに坂上に怒鳴りつけた。
「おい! 二週間くらい前に、実家から凄い剣幕で電話がかかってきたぞ!」
「え?」
「おまえ、俺の実家の住所、俺に断りもなくあのおばさんに教えただろっ!」
「あ、ああ、すまん、すまん。あんまり教えてくれ教えてくれってうるさかったもんでな。熱意に負けてつい教えてしまった」
やっぱりそうだったのか。
坂上は悪ぶれた様子は微塵も見せなかった。
「母親の電話によると、俺の婚約者だと言うおばさんが実家に突然現れて、俺が大切にしまってある本を預かるように言伝されたので取りにきましたって、おかしなことを言いはじめたそうだ」
「本?」
「ああ。大学四年の冬、おまえ彼女欲しいって言ってたときに貸してやった本があっただろ」
「ああ、あの不思議な本か。まさか本当におまえの言うとおりになるとは思わなかったよ。今でもあの本持ってんの?」
「いいや。誰かに貸したんだと思うけど、どっか行ってない。あのおばさん借りたいってうるさかったから、実家に大切に保管してるって嘘吐いたんだ。なのにあのおばさん、実家まで行きやがった! ったく何考えてんだ!」
「そうか…」
「で、ついでに保険のセールスまではじめて、誰も入らないから返ってくれって断ったら、今度は健康器具の宣伝をはじめて、すばらしいでしょ! 一度使えば感動しますよ! って連発しながら、丁寧なセールストークでうちの親を年寄り扱いしてかなり憤慨させたみたいだ」
「愛ちゃん頑張ってんだなぁ…」
「感心するな! 突然、何の予告もなく現れて、いきなり俺の婚約者だなんて言われて親はぶったまげて、おまけにセールスまではじめられたんだからなあ」
俺は怒りを抑えることもせず、怒りをぶつけた。
「母親が興味ないから帰ってくれって言ったら、あのおばさん丁寧に頭を下げて帰ってくれたらしいんだけど。数日して大量の商品が代引き扱いで届いたらしい。処理するのにかなりもめたって、母親は相当怒ってたよ。勿論、金は払わなかったが。このことは俺に言われなくても、おまえ社長だから知ってるよな」
「いーや。聞いてないけど」
「それから翌日すぐに花田さんの保険会社に電話して、お宅はまだピンピンしてる中年を捕まえて、健康器具を売りつけて年寄り扱いするように社員教育してんのか! って苦情を言ってやったそうだ。多分、花田さん今頃会社首になってんじゃないか」
「愛ちゃん、今はうちの社員だからね」
「やっぱり。あ、それと。俺が営業で留守のとき、何度か知らないおばさんから電話があったらしいんだけど。その電話も花田さんだよな?」
「さあ?」と言って坂上はとぼけたが、「じゃっ、そう言うことで」と言ってそのまま電話を切ってしまった。
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